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 今月の金子さん

紙片の上の明治


        日に応じて3か所の仕事先(自宅も入れれば都合4か所)へ通うというややこしい働きかたをしているクセに、いまだにノートパソコンも持たない非モバイラーなので、作業は出先のパソコンをお借りするという形になり、進行中のデータはフロッピーやMOに入れて持ち歩くという羽目になっています。しかし、そうやってディスクへの読み書きを繰り返していると、何かの拍子に突然データが読めなくなることがあって、慌てふためくこともしばしば。パソコンをお使いの方なら、誰でもそんな経験をお持ちでしょう。
         それ以外にも、例えば自分が以前作ったデータや、人から受け取ったデータを利用しようとしても、システムやアプリケーション、ディスクなどの環境が違うために使えないこともしばしばです。いったいデータを確実に保存するにはどうすればいいのか思い悩んだ挙げ句、結局は紙にプリントアウトしてやっと一安心するという自分は、しょせんアナログ世代の思考を抜け出せないということでしょうか。

        はいえ、この紙というもの、一見ひ弱そうに見えながら、実は保存という点では極めて強じんなメディアともいえます。落としても踏まれても、汚れたり破けたりはしますが、といって書かれたものが全く読めなくなることはありません。水に濡れたら、乾かせばいい。もし火事に遭ったら……、でも本のように何枚も重なっていれば、周囲の部分は焦げても、中身は残っていたりするんですよね(本を完全に燃やすのって大変でしょ?)。ちょっとしたことで読めなくなる(火に近付けたりしたらもうオシマイ)ディスクとは比べものにならない。やはり数千年にわたって人類の文化を支えてきたメディアだけのことはありますね。

        て、そんな紙も、そこに文字や絵が記され、それが大量に複製されることによって、メディアとしての力を発揮するわけです。ちょうど現代のコンピュータとネットワークの結び付きに相当するようなインパクトを、紙と印刷術との組み合わせは持っていたし、我々のものの見方や考え方も、その土台の上に構築されてきたといえます。メディアが大きく変容しつつある現代だからこそ、紙と印刷術によるメディアが持っていた意味をきちんと検証しておく必要があるように思います。

        刷メディアとして、まず思い浮かぶのが新聞です。<KUMAMOTO GREEN PAGE>は熊本日日新聞のサイトですが、その中の「新聞博物館」では、熊本を中心に日本の新聞の歴史を見ることができます。印刷機器の発達経過や、明治以降の新聞に関する年表などが載っていますが、何より、全体を通して地方紙の存在感が伝わってくるんですね。明治時代の新聞は地方紙が非常に盛んであったと言われます。今も、もちろん全国紙はトータルでは圧倒的な発行部数を持っていますが、地方に行くとむしろ地元紙の方が勝っていることはよくあります。一見すると全国的に情報が均一化・平板化しているようでありながら、実はちゃんとこうした地方紙が存在し続けているということの意味は何なのか、新聞というものの機能を考える上で、興味深い問題だと思います。

        刷物は、何も新聞や雑誌、書籍といったものばかりでなく、生活の中のいろいろな場面に存在しています。<YOSHIのペ−ジ>の「パッケ−ジで見るたばこ史」のコーナーには、明治から昭和に至るまでのたばこのパッケージの画像が豊富に収められています。そのほとんどは、誰が図案を描いたのかも今となってはわかりませんが、明らかに時代の雰囲気のようなものを表しています。図柄のモチーフも植物、動物、風景など様々で、図像学的に比較研究したら面白そうなものばかりです。いわゆる美術史の対象からは外れますが、こうしたパッケージ類や絵葉書、ビラや引札といったものを丹念に調べていくと、明治の人々の感受性のあり方を知る一つの手掛かりがつかめるように思います。

        うした明治という時代への関心は外国においても見られるようです。アメリカのフィラデルフィアにある<Haverford College>の中には<THE MEIJI PROJECT>というページがあり、昨年の3月から5月にかけて開催された「Imaging Meiji: Emperor and Era 1868-1912」というエキジビションの内容を紹介しています。明治期の木版による錦絵52点が解説とともに掲載されていて、当時の錦絵は現代の写真週刊誌のように、事件や出来事をヴィジュアルに伝えるニュース・メディアだったことがわかります。ここには明治に関する人名や事項の小事典もあって、飛鳥公園や三越といった世相に関する項目まで含んでいるのには驚きました。なんでも東アジア研究プロジェクトの一環として明治日本についてのコースも行われていたようで、海外における日本研究の一端をかいま見ることができます。

         紙の上に残された様々な痕跡をたどりながら、世相や風俗の領域に視野を広げたり、同時代の世界との関わりへと視点を変えることによって、学校の歴史で教わったのとは違う、新たな明治の風景が見えてきそうです。