栗田涼子

ここプロヴァンスでは、さまざまな果樹たちが季節の移ろいを教えてくれます。サクランボと苺の旬が終わり、そろそろアプリコットやネクタリン、フランボワーズが市場に並び始めました。家の庭にも、黒々とつややかに桑の実がなりはじめたので、さっそく自家製ジャムづくりに挑戦することにしました。毎朝、 慣れない手つきで実を摘んでは、せっせとジャムづくりに励んでいる今日この頃です。

◆◆今月の栗田さん〜チーズのはなし◆◆

 『食物の好尚というものは、かならずしも個人の嗜好ばかりでもないものだ。あれは空気の感じとか、水の味とか、なにやらこう風土のようなものと密接に関わっているらしい』−−− これは書誌学者、林望の言葉。研究のため数年間イギリスに暮らしていた氏は、英国滞在中に、御飯や梅干しなどのいわゆる日本の食物を一向に口にしたいと思わなかった、と後のエッセイに綴っています。その逆もまた然り、日本的風土の中ではイギリス風ミルクティーよりも、日本茶と梅干しがやはりよく似合うのだと彼は云います。その土地で生まれ育まれた食物は、その土地の風や光や音、すべての風景が調和した中で食するからこそ一層美味しく感じられるのだという氏の言い分に、頷かれる人も多いことでしょう。

るほど、私自身、思えば30年近くも 「米と味噌汁」 という日本の食文化に慣れ親しんできたにもかかわらず、フランスに暮らして半年此の方、不思議と日本食を恋しいと思わないのです。林氏曰く、『まるでスイッチがパチッと切れ替わるかのように』 フランスの食生活にすんなりと順応してしまったようです。実際、プロヴァンスのあっけらかんとした明るい風土には、御飯と焼き魚よりも、やはりパンとチーズと赤ワインが似合うようです。
 しかしながら、ワインやパンはともかく、日本のそれとは味も匂いも見た目も随分と違うフランス産のチーズは、われわれ日本人にとっては相当馴染みにくいものかもしれません。私もはじめは、強烈な匂いを放つカビだらけのチーズに戸惑い、いかにも旨そうに頬ばるフランス人を横目に睨みつつ、恐る恐る口にしたものでした。尤も、今では毎食後をチーズで締めくくらないことには、食事を終えた気がしないほどのチーズ好きになりましたが・・・。 『チーズのない食事は、片目のない美女のようなものだ』 とは、19世紀フランスの食通評論家ブリア・サヴァランの言。 いかにもフランス人らしいエスプリに満ちたこの言葉は、フランスの食文化にとって、チーズが如何に重要な存在であるかをあらわした名言といえるでしょう。

れにしても、チーズ(フランス語で fromage=フロマージュ)というこの奇妙な食べ物の歴史は、一体いつ頃、何処で始まったのでしょうか。<Cheese Net>の「Thehistory of cheese」によれば、紀元前四千年前の古代シュメール文明には既にチーズが存在していたといいます。また旧約聖書には、チーズはギリシャ神話の神アリスタイオスによって生み出されたと記されているようです。また、最も有力とされているのが中近東起源説。諸説紛々入り乱れて、実際のところその起源は明らかではありませんが、その後ローマ帝国時代を経て、ヨーロッパ各地に広まっていったと考えられているようです。
 中世になると、フランスではカトリックの僧侶たちによって、数々のチーズが各地の<Abbaye(大修道院)> ( List of Monasteries ) でつくられるようになり、現在あるチーズの多くは、この時代に完成されたようです。この<Cheese Net>は、チーズに関する様々な知識と情報を広く網羅したユニークなサイト。チーズを題材にした詩や小説を紹介したコーナーや、世界のチーズを国別・アルファベット順に検索できるライブラリーなどを備えており、さながらチーズ百科事典といった趣です。

ころで、フランスは年間のチーズの産出量、および一人当たりの消費量ともに世界一のチーズ王国。現在フランス国内だけで、約400種類ものチーズがあるといわれています。フランス人との会話で話題がチーズに及ぶと、彼らは必ずといってよいほどその種類の多さを誇らしげに自慢するのが常です。これまで、フランスのチーズといえば<カマンベール>かロックフォールくらいしかその名前を知らなかった私は、フロマージェリーと呼ばれるチーズ専門店や、スーパーの売場にところ狭しと並べられた多種多様なチーズを前に、ただ眼を白黒させるばかり。掌大の平べったい丸型、巨大な円盤型や枕型、円柱に正方形、鏡餅のような形もあれば、何やら得体の知れない葉っぱに包まれた小判型のものもある。はてはピラミッド型からハート型まで、一体どうしてこれほどまでにそれぞれ形と大きさが違うのだろうか・・・。身近なフランス人に尋ねてみても、以外に皆ハッキリとした理由を知らないのです。さっそく調べてみると、いくつかの理由によって必然的に生まれた結果であることがわかります。
  <Guide to French Cheese>の解説によると、その理由として地理的および地形的条件が挙げられるとあります。例えば、山岳地帯でつくられるチーズはどれも巨大で、数ヶ月から1年以上じっくりと熟成された硬いチーズが主流。それはつまり、夏のあいだ山でつくられたチーズは、数ヶ月後に山を降りるまでの長期間、その品質が保たれなくてはならず、また、山道の困難な運搬条件に耐えうるほど堅く頑丈でなくてはならないからなのだそうです。これに対し、平地でつくられるチーズは、小さく軟質で、熟成期間が短いものが多いというわけです。また<fromages.com>によれば、さまざまなプラクティカルな条件がチーズの形や大きさに影響していることが分かります。例えば、カマンベールなどが丸く平たいのは、チーズの表面に均一にカビを繁殖させるため。また、円盤型の分厚いチーズは、その厚みが味や風味に影響してくるのだとか。(実際にこれらのチーズがどんな色や形をしているのか興味のある方は、<Cheese Net><fromages.com>のチーズライブラリーが参考になるでしょう。)

るほど、いろいろ調べてみると、チーズは実に繊細かつデリケートであり、複雑な成り立ちをした食物であることがわかります。数百種類にもおよぶ個性的なチーズたちは、長い歴史のなかで、自然がもたらす偶然と人々の創意によって育て上げられた賜なのです。まさに、チーズはフランス人の国民的財産といっても過言ではないでしょう。その証に、フランスではワイン同様、A・O・C(Apepellation d'OrigineControles= 原産地名称統制法)とよばれる規定によって、その品質が大切に保護されているのです。この法律のおかげで、その土地ならではの特色をもったチーズの伝統的な製法が守られているというわけです。非常に厳しいこの規定をクリアし、A・O・Cの認定を受けたチーズ農家たちが、「我がチーズこそはフランス一である」 と豪語して譲らないのも頷けます。
 そんな彼らが年一度、名誉をかけて闘うのが <Le Concours General Agricole>。フランス農林水産省によって毎年パリで開催されているもので、全国から集まった農畜産業者が、各々自慢の産物を競い合うのです。1870年に創始されたこのコンクールでは、チーズのみならず、他の乳製品やワイン、食肉、フォアグラ、シードル、ラム酒など各種の物産が審査対象となっており、このサイトでは、カテゴリー別に行われたコンクールの結果が発表されています。また、<fromages.com>のオンライマガジンのコーナーでは、このコンクールの様子が紹介されており、熱気溢れる審査会場の雰囲気を伝えてくれます。

記に紹介したサイトは英語およびフランス語のものですが、日本にもチーズに関するサイトは沢山あります。中でも、豊富な資料を備えた<Welcow to 日本の酪農>や、本場フランスのチーズをメールオーダーできる<Cheese on the table>はそれぞれ工夫が凝らされた内容で、なかなか見応えのあるページです。

かがチーズと思いきや、いざ歴史を紐解いてみれば、その背景にはさまざまな物語や知られざる世界が広がっていました。チーズをめぐる考察は、すなわちフランス文化の歴史をたどる旅でもあるようです。

今回アクセスしたページ


Cheese Net
(http://www.wgx.com/cheesenet/index.html)
List of Monasteries
(http://www.apollonia.fr/monasteries/monalist.html)
Camembert
(http://www.camembert-france.com/)
Guide to French Cheese
(http://www.erimax.com/fromage/english.htm)
fromages.com
(http://www.fromages.com/)
Le Concours General Agricole
(http://www.agriculture.gouv.fr/informations/ancga1.stm)
Welcow to 日本の酪農
(http://jdc.lin.go.jp/index.html)
Cheese on the table
(http://www.cheeseclub.co.jp/)


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