栗田涼子

 フランスでは、子どもの喫煙は違法ではないため、10歳くらいの小学生たちでさえ平気でタバコを吸っているのをしばしば見かけます。大人達も黙認しているようです。でも近ごろ、青少年向けに禁煙を促すテレビコマーシャルが流れはじめました。さてCM効果やいかに・・・?

◆◆今月の栗田さん〜塩田よ、よみがえれ!◆◆

ランスの週刊誌『ル・ポワン』に目を通している時、ある見出しが目に留まった。「Le reveil du Pays blanc」白い大地の目覚め・・・? 読み進めてみると、どうやら白い大地とは「塩田」のことらしい。ゲランド (Guerande) という、<ブルターニュ半島>の付け根にある小さな過疎地が、20年以上もの歳月をかけて、国内有数の「塩田の地」として蘇るまでの、紆余曲折の道のりをルポタージュしたものだった。以下にその内容を少し要約してみよう。

年以上の昔から、この土地の人々は、塩田による製塩業を生業としてきた。海水に浸かった広大な此処の沼地は、塩田に最適な自然条件を備えているのだ。しかし、冷蔵庫の普及によって保存食用の塩の需要が減り、また若者の土地離れ、工業化による化学塩の普及が原因で次第に廃れ、伝統的な塩づくりの製法は忘れ去られようとしていた。しかし70年代のはじめ、この瀕死の村を救う救世主が現れたのだ。それは、68年の<五月革命>のあとパリを離れ、田舎生活に憧れて、フラリとこの地へ彷徨いやってきた数人のヒッピーの若者達だった。長髪に口ひげ、ロングパンタロンという異様ないでたちの彼らを、村の人々は初め遠巻きに眺めていただけだったが、やがて彼らは村の長老に製塩法を習い、観光用地として埋め立てられる寸前だった沼地を買いとって、塩田を再現し始めたのだ。人々の彼らを見る目も次第に変わってきた。次に彼らは組み合いを組織し、まず伝統的な製塩法を後世に残すために、継続的な後継者の育成を行った。やがて一人、二人と新しい若者が増えていく。また、彼らは入念なマーケティング戦略も怠らなかった。昔ながらの製法で手間暇かけて作った自然塩を、この土地の特産品として売り出すため、独自の販売ルートを開拓した。また、ハーブ入りの「アロマティック塩」や、「塩の花」(クリスタル塩)など、新商品の開発にも積極的に取り組む。化学塩にはない風味、豊富な天然ミネラルを含んだ灰色のゲランドの塩は、レストランや美食家たちの間に次第に広まり、今では世界中から引き合いがあるほどの有名ブランドとして成長を遂げたのだ。当然、ゲランドに負けじと、ほかのライバル業者たちもこぞって天然塩の開発に乗りだし始めた。ゲランドの成功が火付け役となり、フランスでは今、苛烈な「塩マーケティング戦争」が繰り広げられているのだ。

のゲランドの塩田、注目を浴びているのは何も彼らの巧みなビジネス戦略だけではない。エコロジーと経済活動を両立させた好例としても、世界の注目を集めているのだ。ゲランドの沼地にはさまざまな海鳥が生息しており、EUによって特別保護地区に指定されている。製塩農家たちは、この豊かな自然体系を壊すことなく塩田を開発し、年々、生産高を着実に伸ばしてきたのだ。また彼らは、児童を対象にした自然教室を開き、ゲランドの沼地の保護を訴えるための熱心な教育活動も行っている。ピース&ラブが救った塩の大地・・・ なるほど、普段何気なく利用している塩にも、隠されたさまざまなストーリーがあるようだ。

ころで、日本の「塩事情」は一体どうなっているのだろうか。八方を海に囲まれたわが国では、さぞや製塩業が盛んかと思いきや、以外にも日本で使われる塩の86パーセントは輸入によるものだという。「たばこと塩の博物館」の<塩のおもしろデータ>によると、その主な輸入元はメキシコやオーストラリアとなっている。工業用塩は、ほぼ100パーセントが輸入塩だ。世界各国の塩産出量を比較してみると、1位はアメリカ、2位中国、3位カナダ・ドイツと続く。年間の世界総生産量1億8千142万トンに対し、日本はわずか140万トンに過ぎない。石油と同様に、わが国は貴重な塩をも輸入に頼らなくてはならないのだ。
 <財団法人塩事業センター>のホームページでは、日本の塩に関するさまざまな情報を入手することができる。日本や世界の製塩法についての解説のほか、塩の科学的な知識、塩を使った調理のコツ、連載トピックなど充実した内容ぶりだ。なかでも、「日本の塩づくり今昔」には、日本における製塩技術の歴史が詳細に紹介されていて興味深い。それによると、岩塩や塩湖などの豊かな塩資源がない日本では、古来より、海水を利用した塩田法によって塩を賄ってきたようだ。古くは奈良時代の昔から、先人達の努力によって、日本独自の製塩技術の伝統が築き上げられてきたのだ。しかし、昭和46年に『塩業の整理及び近代化の促進に関する臨時措置法』が公布されると、日本の塩田は全面廃止を余儀なくされることになる。JTの前身である「日本専売公社」によって、当時全国に26箇所あった塩田すべてが廃止され、それまでの「塩田製塩法」に代わり、「イオン交換膜製塩方式」が採択された。海水を濃縮し、蒸発装置で煮詰めるという全過程が工場内で行われることになり、これ以後、国内塩の100%が工場生産による化学塩に置き換わることになったのだ。国の無分別な合理化政策は、日本の豊かな塩田文化を死滅の危機に追いやっただけでなく、われわれ消費者から自然塩を買う選択の自由をも奪ったことになる。

かし、こうした日本の製塩業界にも、最近ようやく明るい兆しが見え始めた。規制緩和によって昨年<「塩専売法」が廃止>され、塩の生産・流通が大幅に自由化されることになったのだ。これによって、また古来の塩田法による天然塩の生産が可能になったわけだ。これまでも「自然塩」と銘された特殊塩が市場に出廻ってはいたが、それらは全てオーストラリアなど外国産の輸入原塩に、にがり成分を後から加えたもので、純粋な日本の天然塩とはいえない代物だった。しかし塩専売法の廃止を契機に、純日本産の自然塩を生産しようとする試みが各地ではじまったのだ。<沖縄・粟国島>がその良い例であろう。独自の製法によって、きれいな粟国の海水からミネラル豊富な上質の天然塩を生産することに成功したのだ。現在、十人のスタッフによって年間70トンもの塩が生産されているという。ゲランドに劣らぬ、村起こし一大事業だ。後継者探しや流通経路の確保など、30年近くも途絶えていた古来の製塩法をはじめから立て直すのは、そうたやすいことではあるまいが、赤穂をはじめとする日本各地の伝統ある塩田が、また昔のように手作りの天然塩を生産する日が待たれる。

 「塩梅」「手塩にかける」など、塩にまつわる諺や格言は以外に多い。フランス語にも、plaisanterie plaine de sel「塩味(エスプリ)の利いた冗談」という言い回しがあるし、聖書には「地の塩」や「岩の柱になったロトの妻」など比喩的な表現が出てくる。生気を与える、痛快味、機知、腐敗を防ぐ等々、いずれも塩の持つ効用をメタフォリカルに用いた表現だ。われわれの生活に欠くことのできない貴重な塩に、先人達がさまざまな思いや願いを込めてきたことのあらわれであろう。
 さて今夜は、さっそく買ったゲランドの塩を酒の肴にして、塩をめぐるエピソードにあれこれ思いを馳せることにするとしようか・・・。

今回アクセスしたページ


ブルターニュ
(http://www.bretagne.com/eng.htm)
68年「五月革命」
(http://www.club-internet.fr/special/mai68/)
Insula
(http://www.insula.org/Hjalmar.htm)
たばこと塩の博物館
(http://www.jtnet.ad.jp/WWW/JT/Culture/museum/WelcomeJ.html)
財団法人塩事業センター
(http://www.shiojigyo.com/index.html)
予防法務ジャーナル「そよ風」
(http://www2.justnet.ne.jp/~soyokaze/WELCOME.HTM)
沖縄タイムス
(http://inforyukyu.or.jp/~o-times/index.html)


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