栗田涼子

 フランス人はカトリックの行事にかこつけて、何かと美味しいものを食べるのが好きなようです。クリスマスはもちろんですが、毎月のようにフェット(祝祭)といっては、バラエティに富んだ伝統的なお菓子を頬ばるのです。これを書いている1月は「エピファニー」(東方の三博士の来訪によってキリストが神の子として公に現れたことを記念するお祭り)という行事があり、小さな陶器の人形が中に入ったアーモンドパイを頂きます。人形が入った一切れに運良く当たった人は、その日一日、王様になれるというもの。この土人形がまたキッチュで何ともいえず愛らしいので、毎年楽しみに集めている人も多いとか。私もさっそくコレクションをはじめることにしました。

◆◆今月の栗田さん〜キッチュの美学 −縁起物のイコノロジー◆◆

の足音がそろそろ聞こえてくるこの時期。季節の変わり目には、様々な行事がつきものだ。フランスでは、2月2日の「シャンドルール」(聖母お清めの祝日)と呼ばれるカトリックの祭日に、家庭でクレープをつくって食べる習慣がある。日本で「節分」が行われるのとちょうど同じ頃だ。出来上がったクレープをフライパンにのっけて天井高く放り投げるのも、ちょっと豆まきに似ている。偶然の符合だが、どうして立春のこの時期にクレープを投げたり豆を播いたりするようになったのか・・・。その民俗学的起源を調べてみるのも面白そうだ。

て、招福のための風習やいわゆる縁起物と呼ばれるものは、古今東西数かぎりなく存在する。例えばフランスでは「ウサギの手」。これをポケットに入れておくと幸運が舞い込むという。今でも地方に行けば、食用に屠殺したウサギの手を切り取って、お守り代わりに持ち歩く習慣が残っているそうだ。また、「馬の蹄鉄」を戸口や家の中に飾っておくのも、一種の魔除けとして広く流布している風習らしい。そのほかにも、シャンパンのボトルに残った最期の滴を飲んだ者は、年内によき伴侶に巡り会う(あるいは子宝に恵まれる)という迷信など、例を挙げればきりがない。
 日本にも破魔矢、お札、達磨など、伝統的なありがたい縁起物は数多い。起源を辿ればどれも古いものばかりだが、歴史的な背景もさることながら、それらの多くがみな押し並べてキッチュな様相を呈しているのが面白い。もちろん、これはあくまで個人的な見解であって、読者の中には「いや、断じてキッチュではない!」と反論する人もあるだろう。ともあれ、こうしたにぎにぎしい縁起物の数々は、ただ眺めるているだけでもなかなか楽しいものだ。ある時はその異形のイメージのもつ迫力に圧倒され、またある時は、そのユーモアに笑いを誘われる。名もない絵師や職人たちによって創り上げられ、民衆の信仰心や祈りの気持ちが込められたこれらのイメージ(図像)には、ソフィストケートされた美術作品にはない素朴な力強さと、プリミティフな魅力が秘められているのだ。

本の代表的な縁起物としてまず思い浮かぶのが「絵馬」だろう。受験シーズンのこの時期、合格を願って絵馬に思いを託す学生も多いはずだ。<ギャラリー絵馬>の解説によれば、そもそも絵馬は、国の神事として雨乞いや日乞いなどのために神社に奉納された生き馬が、次第に板に描いた馬へと簡略化したものであるという。それが後に、庶民が様々な願いを絵柄に表現して神社仏閣に奉納する、現在のような「小絵馬」と呼ばれるスタイルに変化していったらしい。このサイトに紹介されている絵馬の例を見てみよう。
 例えば「博打絶ちの絵馬」。「奉献」という堂々たる墨文字の下に、サイコロと錠が掛けられた花札が描かれている。つまり、もう博打はしません、ということを神仏に誓った図なのである。この絵馬で、めでたく博打から足を洗えたのかどうか効果のほどは定かでないが、主題からしてかなりキッチュである。
 更に興味深いのが「胎児と産湯」というタイトルの絵馬。明治時代半ばのものだが、図柄の上半分に1ヶ月目から9ヶ月目までの生々しい胎児の絵が、下半分に赤子が生まれ産湯につかっている様が描かれている。安産を願っての絵馬なのだろうが、それにしても何というキッチュさ!これを描いた絵師には、解剖学の素養があったのだろうか。かつてレオナルド・ダ・ヴィンチは、聖母子像の中に「だまし絵」で胎児の姿を描いたといわれるが、この絵馬に描かれている胎児はまさに解剖図そのもの。ダ・ヴィンチも真っ青である。
 21世紀を間近にした現代でさえ、絵馬に託す人々の深い信仰心はいまだ衰えていないようだ。金刀比羅神社に奉納されている絵馬がそのよい例だ。あの宇宙飛行士、秋山さんが宇宙からの無事帰還を神に感謝して納めたという大絵馬(<宇宙飛行士が奉納した絵馬>)をまずは見ていただきたい。宇宙服に身を固めた精悍な顔立ちの秋山氏のリアルな肖像画と、勢いよく火を噴いて打ち上がるロケットの図・・・ これをキッチュといわずしてなんと言おう!これぞ民衆アートの勝利である。

ころで、世の中には色々変わったモノをコレクションしている人がいるもので、中でも縁起物を集めている人が意外に多いことには驚く。とりわけ、千客万来・商売繁盛のシンボル「招き猫」の人気は高いようだ。数ある招き猫に関するサイトの中でも極めつけなのが<招猫倶楽部>。単なる趣味を超えて、学問の域にまで達しているといってよいほどの博識ぶりだ。招猫研究のコーナー(<招き猫の系図>)では、招き猫の由来から図像変遷の分析に至るまで、様々な文献に基づいた考察がレポートされていて興味がつきない。招き猫というイメージを手がかりに、歴史を掘り起こしていく作業はスリリングでさえある。招き猫の起源には諸説紛々あるようで、江戸後期に色街で生れた遊女にまつわる逸話を元にして始まったというのが定説となっているらしい。
 いまでは日本全国に散見される招き猫だが、主催者自慢のコレクションを展示する<物草コレクション特別展示室>のコーナーでは、テーマ別に分類された種々様々な招き猫を鑑賞することができる。定番ものから、変種招き猫、変態招き猫、根付け招き猫など、これだけバラエティに富んでいると蒐集のしがいがあるというものだ。各々微妙に表情やナリが違うのが面白い。これを見ていると、つい欲しくなってしまうこと請け合いだ。

売繁盛を願った縁起物は数多いが、中でも忘れてならないのが「福助」であろう。裃を着て、ふくよくとした笑みを浮かべお辞儀をする大きな頭の福助・・・そのユーモラスないでたちには、誰もが思わず笑いを誘われてしまう。<美人と福助>と題された、明治時代の引き札を見てみよう。典型的な浮世絵美人をバックに、生真面目な顔をして鎮座する福助の図である。どぎつい極彩色の色づかいといい、遠近法を無視した装飾的な構図といい、ここにはキッチュアートの精神が凝縮されている。(<所蔵引札一覧表>
 また福助は、当時引き札の絵柄として珍重されただけでなく、福を呼ぶ人形としても流行していたらしい。<中野土びなミュージアム>では、古い時代の福助人形のほか、その他の縁起物や動物など、素朴な土人形のコレクションを見ることができる。老人であったり小僧であったりと、福助の形態がその時々によってメタモルフォゼしているのが興味深い。
 福助の由来もまた複雑だ。最も有力とされているのが、現在の大丸デパートの創始者である大文字屋下村彦右衛門であるというもの。彦右衛門は頭が大きく背が低いが、店は繁盛し、貧民への施しも忘れなかったので、京都の人々は店主にあやかろうと人形をつくって毎日祈ったという説である。ほかにも、同じく福の女神であるお多福人形のつれ合いとして福助がつくられたとか、江戸両国の見世物小屋に出ていた大頭の奇児であるという説など、これまた多彩なエピソードに彩られている。逸話の真偽はともかく、この異形の福神が時代や地域を超え、異なるメディアを介して様々に変容していくさまを辿るだけでも、イコノロジー研究の醍醐味を充分味わうことができるはずだ。

 ここには紹介しきれないけれど、この他にもキッチュな縁起物に関するネットとして<DARUMA NETTE><「ビリケン」リンク集>などがある。興味のある方は、是非覗いてみてはいかが?

今回アクセスしたページ


埼玉県飯能市ホームページ
(http://www.city.hanno.saitama.jp/)
讃岐金刀比羅宮
(http://www.konpira.or.jp/index.html)
招き猫倶楽部
(http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Namiki/9429/index.html)
讃岐の引札
(http://www.netwave.or.jp/~su-san/index.htm)
中野土びなミュージアム
(http://www.valley.ne.jp/~mozart19/index.html)
DARUMA NETTE
(http://www.asap.ne.jp/daruma/1.html)
山崎正之のページ
(http://math.josai.ac.jp/~yamasaki/index_j.html)


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