真柄裕美

 わたしが今住んでいる東京では、もう何日も雨が降っていません。「あと○○日で、XX年前の雨の降らない日数の記録を更新します」と言っている天気予報士の顔が嬉しそうに見えるのは気のせいでしょうか・・・。からからに乾ききった東京砂漠で、肌はがさがさ、髪はぼさぼさ、車のドアは静電気でびりびり。関東地方の皆様、くれぐれも火の元にはご用心くださいますよう・・・。

◆◆今月の真柄さん〜歩く愉しみと東海道五十三次◆◆

く。歩く。ひたすら歩く。昔の人は、交通手段に乏しかったから、本当によく歩いた。明治生まれの私の祖母も、「足さえあれば、どこまでも歩いて行ける」とよく豪語していた。明治、江戸、戦国時代・・・、古の人々が通った道を、かつてと同じ「歩く」という手段で辿ってみる。今回はそんな旅のサイトを集めてみた。
 まずは東海道五十三次から始めたい。

 <旧東海道の旅>の作者は、街道をぶらりと一人で歩いていく。五月の連休に漂泊の思いに駆られ、奥さんには、ハイキングに行って来るといい残し、旧東海道へと旅立つ。“電車で移動し、一日歩いて帰る。たどりついたポイントへ翌日引き返し、また、その駅から歩くことを繰り返す”というのが旅のプラン。駅の切符売り場で、旅の出発点を豊橋から掛川に変更する。どこで降りたって構わない、いたって気楽な一人旅だ。(<東海道五十三次−旅の始まり>
 そして、掛川宿から旅が始まる。歴史街道を徒歩で行くなんて一見、風流なイメージだが、現実はそうはいかないらしい。旅人、和田さんは苦戦を強いられる。遠くから目指してきた橋は、高速道路で渡れなかったり、お昼ご飯を食べそこね、その上疲労感から判断能力が落ちているものだから、思わず道ばたに落ちているチョコを拾って食べたりという一場面もある。国道一号線が通る東海道では、大型トラックの排気ガスに耐えながら、ひたすら歩いていく。それでも、時には旧東海道の面影が残る街並みや景色に出会う。ひなびた宿場町、松並木が美しく保存された街道、見事な景色の海岸沿いの道。そんな道を遥か昔の人々に思いを馳せながら一人で歩いていく。贅沢な旅だ。
 それから、この旅の記録には、訪れた各宿場ごとの歴史的な出来事が詳しく記されている。これを読みながら読者は断片的に知っている歴史上の人物やエピソードや地名を確認する事が出来る。こういう作業も、歴史を辿る旅の楽しみのひとつかもしれない。  この旅日誌を読んで、東海道を歩いてみたくなったら、“誰でも独りで東海道を歩くことができる”という「道先案内文献」を参考に、旅に出てみるのもいい。たとえ日帰りでも、漂泊の気分が味わえるかもしれない。(<東海道五十三次−江戸以前の関東>
 旧東海道は、東海地区を中心にした道のりだが、歴史街道は、日本中に点在している。
 <歴史街道>は、近畿地方の歴史を作り上げてきた道筋を辿るホームページ。旅行記はないが、幾筋もの歴史のルートを参考に、旅のプランを立てれば、充実した街道散策が実現しそうだ。

方、国外に目を向ければ、1200年も前の、中国への旅を再現しようとした人たちもいる。

 <平成の遣唐使>は、題名からも想像できるように、あの遣唐使の道のりを平成の時代に歩いてみようという企画。ホームページの扉には、

“かつて遣唐使がたどった唐の都・長安(現西安市)までの道のりを、2ヶ月間かけて、歩きながら中国の人々との交流を図るために、(社)日本歩け歩け協会等により企画された、日中国交正常化25周年記念事業の一つである。”

と、紹介されている。何とも大規模な企画だが、この旅には、日中両国から様々な人が参加したらしい。この2ヶ月間の旅については、ホームページがいくつか発信されている様子だが、私がたまたま見つけたホームページの作者は香川県の人だった。何故香川県の人が参加したのかというと、香川県に生まれた空海が、遣唐使と共に留学僧として、唐の都長安(現・西安)で学び、密教をはじめ様々な先端文化、技術を日本へ持ち帰ったからだそうだ。日中友好交流の偉大な先覚者と言われる空海にちなんで、香川県は、陝西省と友好関係を結び、交流もさかんなようだ。
 1200年も前の旅を再現するというだけでも刺激的な旅行が想像できるが、その上に、現代の中国を行くというのだから、かなりパワフルだ。実際、旅人達は、近代化されていないホテルや施設で味わう物理的な困難とともに、かつて日本兵から受けた被害の傷がまだ癒えない地域を行進し、地元の人たちから罵声を浴びせされるという精神的な苦悩も経験する。このくだりは、同じ日本人として、読んでいて息の詰まる思いだが、これを書いている香川出身の三谷さんは、その状況から逃げることなく、地元の人々に絵はがきやパンフレットを配りながら、日中友好のためにやってきたということを伝えていく。彼の強さ、志の高さには敬服させられる。
 そういう緊張する場面を含みながらも、旅行記は、中国の人との心温まる交流を中心に描かれている。そして、2ヶ月も歩き続けるのだから、平成の遣唐使達は当然、肉体の限界に挑戦しているはずだ。ここには、疲れたとか、くたびれたという記述は少ないが、それでもちょっとした描写から尋常ならざる旅を想像することはできる。例えば、彼らは西へ西へと進むために、常に顔の左側だけが南に面し、太陽に当たる。だから顔の左半分だけが黒く焼けるという珍現象が起きる。左側半分だけ日焼けした顔。もうそれだけで広大な中国大陸を2ヶ月かけて歩いた勲章になるだろう。

海道を歩く旅、中国大陸を歩く旅、どれも一歩一歩自らの足で大地を踏みしめながら進む旅だ。街角を訪れ、そこに住む人々と触れ合う。電車や車で素早く通り過ぎる旅では味わえない時間だ。
 その上、遥か昔の人達が行き来した路を行く。そんな路を行けば、ほんの一瞬でも、ずっと昔にタイムスリップしたような感覚を覚えるかもしれない。現在の場所への旅、そして、過去を訪れる旅。この二つの旅が経験できるのだから、歴史街道を歩く旅は贅沢な旅といえる。これらの旅日記を読んで、その贅沢な時に触れてみたい。

今回アクセスしたページ


Info東海道
(http://www.tokaido.co.jp/index.htm)
関西デジタル・アーカイブ&歴史街道
(http://www.kiis.or.jp/rekishi/kaido.html)
KAGAWA-NET
(http://www.kagawa-net.or.jp/kagawa-net/index.html)


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