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インターネットとミュージアム

 「ミュージアム」と言われて、子供の頃に見学に行った博物館を思い浮かべる人も多いはず。でも、どこか厳めしくて近寄りがたかった昔の博物館のイメージを今も持っているとしたら、それは大間違い。インターネットの普及が一因となって、今やミュージアム(博物館、美術館)は大きく変わりつつあるからだ。また、インターネット上には、ミュージアム的な性格の面白いサイトが増えてきている。
インターネットとミュージアムが結びついた所に、とてもエキサイティングなことが起こりつつある。

▼すべては収集に始まる-------ネット上のコレクターたち

々な内容を持つホームページのなかでも、とりわけ作り手のこだわりを感じさせせるのが、自慢の収集コレクションを公開しているページだ。それも、美術品や骨董品といった、収集の対象として確立した物だけではなく、ふだん何気なく接している物のなかに、独自の価値を見いだして、コレクションを作り上げ、公開しているページは、身の回りの物をあらためて見直すことの楽しさを教えてくれる。
 紙きれ博物館は「めんこ」や「牛乳瓶のふた」「シール」といった、「今」ではないけれど「昔」というほどでもない、ちょっと懐かしい時代の、紙で作られた製品を展示したページだ。「紙製品」という緩やかな共通項で括られたコレクションなので、特定ジャンルを専門的に集めるマニア的な収集にありがちな近寄り難さがなく、ページ全体のセンスの良さと相まって、当時の図案の面白さや斬新な色使いを気軽に楽しむことができる。
 同じような「懐かしモノ」を、町の風景のなかから切り取ってきたのがれとろ看板写真館だ。かつてはどこの街角でも見かけながら、今や急速に姿を消しつつあるホーロー製の看板広告の画像が数多く収められている。「大塚系」「日用品系」「医薬品系」など、広告する商品の種類によってジャンル分けされており、デザインの面白さばかりでなく、広告史の資料としても見られるよう配慮されている。それぞれの看板に付けられたコメントからは、看板を通して日本の産業の歴史を読み解いていこうとする作者の姿勢が感じられる。
右「ミイロタイマイ」 左「ブロードアゲハ」
パプアニューギニアの通常切手(1966年)GLinGLin より
 GLinGLinの「蝶切手の魅力」は、コレクションの王道ともいえる切手のなかで、蝶をモチーフにしたものを集めたページだ。1950年の世界最初の蝶切手に始まり、画集のページをめくるように、世界各国の蝶切手を眺めることができる。いずれも、切手や蝶に特別の関心がなくても眼を奪われてしまう、美しい切手ばかりだ。切手のような小さな作品は、ガラスの展示ケースの中に収まっているとかえって見えにくいものだが、ここでは画面上に適度に拡大されて表示されるため、解説を読みながらじっくり鑑賞することができる。切手の1点1点を大切にした、清潔感のあるページ・デザインも秀逸だ。

▼収集したものの分類と展示-------ミュージアムの成立

こうしたサイトに見られる「コレクション」、すなわち「何かを収集し、それを人に見せる」という行為は、洋の東西を問わず、人間が古くから行ってきたことでもあった。古代ギリシアでは、有力な都市に「ピナコテケ」と呼ばれる美術品収蔵所が置かれていたといわれる。また、ローマ時代には、将軍たちが戦利品を自宅に並べて来客に公開したり、学者が研究のために自然学の標本を収集したりということがおこなわれていた。中世ではキリスト教の教会が収集活動の拠点となり、聖遺物や写本、美術工芸品などのコレクションが作られ、それら収集品の研究によって、ルネサンスを迎える下地が整えられた。
 古典文化の復興を唱えたルネサンスの到来は、古代の美術品の収集を盛んにし、なかでもフィレンツェのメディチ家が収集した美術品の数々は、それを展示した建築空間とともに、ウフィツィ美術館として今も世界中から美術愛好家を集めている。
美術品のほかにも、ドイツの諸侯が作ったコレクションのための小部屋クンスト・カマーのように、動植物標本や機器類など、自然科学分野での収集と展示が各地で行われ、ヨーロッパは近代科学誕生の時代を迎える。
 18世紀に入ると、ヨーロッパ諸国のアメリカやアフリカ、アジアへの進出が本格化するにともない、博物学への関心が高まり、大英博物館ルーブル美術館といった国家の威信を象徴する大規模なミュージアムが創設された。
 こうしたミュージアムの形成の歴史においても、まず、珍しいもの、貴重なもの、美しいものの収集と保管がなされ、次に収集品をどう分類するかが検討され、さらにそれらをどう展示するかが問題になる。ものとものをどう配置し、どのような説明を組み合わせ、ブロックとブロックをどう結べばいいか?こうした展示の問題の核心は、諸要素の空間的な配列と関連づけ方および階層の構成の仕方であり、ホームページでの編集の問題と共通する点が多い。
このように、現在インターネット上でコレクションを公開しているホームページで起きているのとよく似た道を、ミュージアムの歴史もたどってきたといえる。

▼施設をもつミュージアムにとってのインターネット

しかし、「ミュージアムとインターネット」の関係は、インターネット上のホームページからミュージアム的なものが生まれつつあるというだけのことではない。既存の施設をもつミュージアムの側から、インターネットをどう活用できるかを考えると、インターネットはミュージアムの可能性を飛躍的に高めることがわかってくる筈だ。そして、既存のミュージアムにとってインターネットの普及は、「ミュージアムの機能とは何か」をもう一度根本的に考え直し、新たなミュージアムの概念をつくりだすことを不可避にするだろう。
 では、施設をもつミュージアムの側からのどのようなインターネット活用がはじまっているのだろうか。今のところ、多くのミュージアムは、施設の概要や展示のお知らせといった、広報面での情報サービスにとどまっている。しかし、施設をもつミュージアムにとってのインターネットの可能性を少しでも考えてみれば、そこにとどまっている訳にいかないだろう。
 インターネットの積極的な活用の動きのひとつは、東京大学総合研究博物館のデジタルミュージアムや豊橋自然史博物館ように、収蔵資料の一部をホームページ上で公開するという形である。また、国立民族学博物館情報検索システムでは、外国語、日本語の図書データベースをインターネットで使えるようになった。(しかし、困ったことに、ここの図書館は「資料を利用できるのは、全国の大学や大学共同利用機関などで民族学に関連した調査・研究をしている方、その他館長が適当と認めた方です。」というかなり閉鎖的な規則になっている。)
 さらに、スミソニアン自然史博物館では、展示を編集し直してインターネット上のOnline Exhibitsというコーナーで公開してくれている。
 その一つ「Global Warming」では、地球の温暖化について、その現状や将来、対策について印象的な画像を多用して説明している。また「Ocean Planet」では、海をテーマにして、文化人類学、海洋科学、環境保護などさまざまの視点を組み合わせて問題の掘り下げが行われいる。大きな労力をかけて練り上げられた展示の内容をインターネット上に置き換えるだけで、ミュージアムに足を運ぶことができなかった多くの人たちが利用できるようになっている訳だ。

▼「開かれたミュージアム」に向かって

「トリケラトプス」東海大学社会教育センター
海大学自然史博物館に勤める柴正博さんはミュージアムにとって、インターネットが持つ大きな可能性に気づき、「博物館におけるホームページの活用と博物館ネットワーク構築」のための研究というプロジェクトを石橋忠信さんとともにはじめ、その成果をDino Club というホームページの中の「博物館にホームページを!」にまとめている。この部分と「博物館をつくろう」を読むと、ミュージアムの現状の問題点が鋭く指摘され、これからの時代のミュージアムの明快なビジョンが示されている。
柴さんの考えの要は、ミュージアムは「単にめずらしい<もの>や<事がら>を見せる<施設>ではなく」「市民に開かれた研究機関」でなければならないという点にある。
柴さんの議論を踏まえると、「開かれたミュージアム」というのが、これからのミュージアムの方向を示すキーワードになると言えよう。「開かれたミュージアム」となるには、つぎのような点が必要だ。(1)ミュージアムが行っている仕事、収蔵品の公開。(2)市民の学習・研究ネットワークの拠点としてミュージアムの機能。(3)新たな企画・プログラムを開発していく研究者として学芸員の機能。(4)ミュージアム同士を結ぶ横のネットワークづくり。これらのどれをとっても、インターネットが大きな役割を果たすと考えられる。

▼ウェブ・ミュージアム-----「開かれた編集」の試み

「ディメトロドン」東海大学社会教育センター
設をもつミュージアムのインターネットの活用から生まれる展開は、インターネット上のミュージアム的なページの発展と重なりあい、連携した動きになっていくと考えられる。そこで、施設をもつミュージアムのものかどうかにかかわらず、インターネット上のミュージアム的な性格をもったサイトを、ここでは「ウェブ・ミュージアム」と呼ぶことにしよう。
ウェブ・ミュージアムは、人々によく知ってもらいたいあるテーマをもち、そのテーマの面白さや大事さを感じとってもらい、関心をもつ人たちをより深い探究へと導くことを課題としている。そうした課題に対応するには、インターネットのハイパーテキスト的な編集の特徴を生かした「開かれた編集」が重要になる。つまり、利用者の関心に応じて、さまざまな入り方やたどり方ができ、さまざまな知的な関心を刺激し、しかも、深い奥行きをもつような編集の工夫が求められる。

施設をもつミュージアムのサイトで、こうした意味でとてもよくできいるのは、たとえば東北大学理学部付属植物園のホームページである。この植物園は仙台城の後背地にあたるところにあり、常緑広葉樹林と落葉広葉樹林が入り組んだ原生林に近い森が残っていて、多様な植物と動物を育んでいる。ホームページは、この森の構造、自生する植物、生息する動物、この地帯の地質などについてわかりやすく具体的な説明がされている。それだけでなく、生物多様性の森の項では、森の植物と動物の間の食物連鎖が図になっていたり、モミ林の断面図が描かれていたり、生態系の構成要素の関連をわかりやすく示す工夫が凝らされている。
他方、11Seachers でおなじみの山田まち子さんの微小貝のページは、施設をもたないウェブ・ミュージアムの中でもっとも優れた編集の工夫の例のひとつだろう。微小貝劇場貝の生態は、予備知識がない読者にも面白く読めるシナリオになっている。楽しみながら読むうちに、貝という生き物への興味をそそられ、それらを育むきれいな海を保持する必要をあらためて認識させられる。また、打ち上げゴミギャラリーでは、あちこちの海岸に打ち寄せられるゴミの写真を募集して掲載しいる。そして、貝類のデータベースや貝類情報交換などは、貝についての学術的な研究をする人の利用も想定した専門的な内容になっている。

▼作品世界への多角的な橋渡し

る作品世界をテーマにしたホームページにも、開かれた編集の工夫を凝らしたミュージアム的なサイトが出てきている。これらは、ある作品やある作家の作品の世界をテーマにし、その世界への多角的な橋渡しを狙いにしている。
たとえば、白龍亭さんの南総里見八犬伝は、曲亭馬琴の南総里見八犬伝をぜひ原作で読んで欲しいという気迫のこもった、とんでもないサイトだ。この作品については、テレビや舞台、マンガなどを通じてあらすじを知っている人は多いものの、原作を読む人はほとんどいない。しかし、原作を読むと「希有壮大にして緻密。面白くかつ深い」と白龍亭さんはいう。しかし、この物語はあまりにも長く、登場人物が多いために原作で読むと途中で訳がわからなくなってしまう人が多い。そういう人たちへの手助けとして、このサイトでは、物語の舞台の地図や登場する人物や人名、系図などを懇切丁寧に整理してくれている。たとえば、人物の項の中の八犬士相関図には、八犬士の相互の関係が構造的に整理されていたりする。

宮沢賢治の宇宙は、WebMag の親戚のようなサイト(編集メンバーが一部重なっている)なので手前味噌になるが、これも、作品世界への多角的な橋渡しの試みの代表的な例のひとつといえるだろう。宮沢賢治は、たくさんの詩と物語を書いただげなく、地質学や天文学、植物学といった諸科学に深い関心をもち、熱心な農業指導者であり、敬虔な法華経の信者であるといった多角的な活動をした人だ。そして、作品を読んでいくと、こうした多岐にわたる活動や関心がバラバラに並存しているのではなく、賢治の心の中ではこれらがたがいに織りあわされて、ひとつの独特の宇宙になっていたことがわかってくる。宮沢賢治の宇宙は、賢治の作品や活動に応じた多様な入口から入って、さまざまな関連をたどりながら、作品宇宙の奥行きへと導かれる構造になっている。
また、賢治は花巻、盛岡を中心に岩手県のかなり広い範囲を歩きまわったフィールドワークの人で、それぞれの場所の自然から得たものが詩や物語のもとになっている。そのため、賢治の作品と岩手の風土の関係をたどっていくと、岩手という地域の多彩な魅力が見えてくる。イーハトーヴォでは、賢治作品と岩手という地域とのそうした橋渡しを試みている。

インターネットとミュージアムの関係について、語るべきことはたくさんあるが、今回はこの辺で。博物館の博物館Museum Information Japan乃村工藝社のミュージアム・リンク集などのリンク集から、多数のミュージアムのサイトを見ることができる。



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