冬至の日の入り
縄文の漆 / 漆の未来
 




 三内(さんない)丸山遺跡の発掘をはじめとして、画期的な縄文遺跡の発見があい継ぎ、縄文時代についての認識が大きく変わりつつあります。縄文文化が脚光をあびているのは、単なる考古学的な関心からでなく、大きな時代の過渡期にある現在、縄文文化は未来に向かっての多くの示唆を含むと感じる人が多いからでしょう。
今号の特集では、縄文から未来へのつながりを、「広葉樹の森の文化」という視点から考えてみたいと思います。そして、「広葉樹の森のテクノロジー」としての漆(うるし)に注目してみることにしましょう。

▼縄文時代に対する認識の転換

 青森市の三内丸山遺跡をはじめとする重要な縄文遺跡の発掘が進むとともに、縄文時代に対する認識に大きな転換が起きつつあります。縄文人については、長い間、栽培農耕が始まる以前の狩猟採集民だと見なされていて、一緒に生活する集団や集落も小規模だと考えられてきました。しかし、近年になって縄文遺跡から栽培植物の痕跡が出土する例も多くなり、縄文時代にすでに植物の栽培がある程度行われていたという考えが一般的になり、縄文の生活についてのイメージが徐々に変わりつつあったのですが、三内丸山遺跡の発掘によって、認識の変化が決定的になったのです。
巨大土木技術が存在した


 青森県のページ<三内丸山遺跡へようこそ>にその概略が紹介されているように、平成4年から発掘調査が進められたこの遺跡は、縄文前期から中期にかけて、約5500年前から1500年もの長期にわたって大規模な集落が営まれた跡であることがわかっています。また、相当規模 の高床式建造物があったことを推定させる巨大な木柱と柱穴や、「縄文ポシェット」と呼ばれる草で編まれた袋をはじめとする膨大な数の出土品も、縄文時代に高度な技術と文化があったことを示すものとして、考古学の枠を超えて大きな話題を呼んでいます。
縄文ポシェットの写真


 また、三内丸山遺跡からは、植物の栽培が行われていた痕跡がいろいろ出てきています。
龍谷大学教授の阪本寧男さんはコラム<縄文時代と農耕の始まり>の中で、三内丸山遺跡から栽培ヒエの祖先野生種にあたるイヌビエが大量に発見されたことから、縄文時代に何らかのかたちで植物資源の栽培利用が行われていた可能性を指摘しています。また、同遺跡の周辺はもともとブナやミズナラの林であったにもかかわらず、遺跡の土にはクリの花粉が多く含まれていることが発見されました。このことに加え、出土したクリの実のDNA分析の結果などから、集落の周囲でクリが栽培されていた可能性が高いとされています(「三内丸山遺跡の不思議」)。
 さらに、三内丸山遺跡の数多くの出土品の中でも、注目を集めているものの一つに、椀や櫛(クシ)などの漆器類があります。同じページの<三内丸山遺跡から何が解ったか>によれば、直径25センチの大椀でありながら厚さがわずか5ミリに均一に削られているなどの特徴を持ち、そこから当時の木工・漆器技術が高い水準にあったことをうかがうことができます。
また、岡田康博さん(青森県教育庁文化課)が「縄文の心」の中の「漆」で話しているように、漆を分析した結果、なんども重ね塗りがされたことがわかったそうです。

▼縄文文化は「広葉樹の森の文化」

各地の遺跡の発掘を通じて高度な水準に達していたことが明らかになるとともに、縄文文化への関心が高まっています。これは単なる過去の歴史への知的な好奇心にとどまらず、21世紀における社会の転換方向を探っていくためのひとつの示唆を縄文文化を求めることもできそうです。
縄文文化とか弥生文化という区分は、土器の特徴を基準にしている訳ですが、縄文遺跡の発掘と研究が近年のように活発に行われる前から、縄文土器の造形の独特な力強い美しさ(たとえば、富山県の遺跡----縄文土器の出現)は世界的に異色のものとして注目されてきました。最近の縄文の考古学的な研究の深まりによって、縄文土器のこうした造形の力の背景に何があるのかが明らかになってきたと言えます。そして、最近の発掘や研究を踏まえると、縄文土器のあの力強さの背景には「広葉樹林の森の文化」があると考えることができそうです。
縄文人たちにとって、クリ、クルミ、ドングリなどの木の実や山菜が重要な食料だったと考えられ(「縄文はかせQ&A--縄文人はどんなものを食べてたの?」)、居住地の周りの森は有用な樹や草が育つように管理されていたようです。そして、丸木舟、櫂、弓、発火具、土掘りの棒、石斧などの石器の柄、鉢や皿などの容器、杓子(しゃくし)、櫛、腕輪、トーテムポールなどの木製品には用途に適した樹種がちゃんと選ばれていて、多様な樹や植物が活用され、森についての幅広い知識を身につけていたことがわかります(「縄文はかせQ&A--縄文時代の木製品」)。つまり、縄文人は、広葉樹林の森の資源を高度な形で活用しながら維持していく技術や知識をもった人たちだと考えられます。

▼なぜ、今、縄文文化が関心を集めるのか

では、こうした縄文の「広葉樹の森の文化」の見直しが、21世紀に向かう今、なぜ重要になっているのでしょうか。
ひとつには、今、針葉樹を偏重する価値観からの脱却が大事な時代になっているいるということがあります。日本社会では、大和の王権の成立以来、ヒノキやスギのようにまっすぐに伸びる針葉樹が格の高い樹だという価値観を植えつけられてきました。
そして、戦後も、広葉樹林を伐採して針葉樹の人工林を育成するという森林行政が続いてきました。しかし、特集「身近な野性動物」でも述べたように、多様な野性動物たちを育むのは広葉樹の森であり、針葉樹の人工林は動物たちにとっては魅力のない森ですし、人間にとっても変化に乏しく面白くない森です。そこで、針葉樹の偏重を改め、広葉樹林の復元を進めていく必要があるという考えが広がりつつあります。そして、広葉樹林の復元を実現するためにも、植林を行うと同時に、広葉樹林は利用価値が低いという長い間の偏見を改めて、広葉樹林の資源の多面的な活用方法を学び直さねばならなくなっています。その点で、縄文文化から、学ぶべきものがたくさんあると言えるでしょう。
さらに、縄文時代の「広葉樹の森の文化」は、弥生時代以降の水田稲作農耕を基盤とする文化とずいぶんと違った価値観をもった文化であったということが重要です。水田稲作農耕は単一の作物を重点的に栽培するのに対して、「広葉樹の森の文化」では、森林の生態系と共存しながら多様な植物を組み合わせて育て、利用していくという方法をとっています。(これは前号の特集で触れたアグロ・フォレストリーの考え方とも共通しています。)また、針葉樹の人工林を育てる文化は、なるべく整った材質を育てることを重視するのに対して、「広葉樹の森の文化」では、ひとつひとつ違った癖をもつ素材を活かす用途や形を工夫していくという発想がとられていると思われます。つまり、「広葉樹の森の文化」には、自然や素材と対話しながら、形や質をつくりだしていくという姿勢が強くあると言えるでしょう。これが、縄文土器の力強さや奔放さの背後にあるものなのではないでしょうか。これからの時代には、縄文文化のこうした側面の見直しも重要になるでしょう。
こうした縄文から未来へのつながりを考えるためのひとつの要として、「広葉樹の森のテクノロジー」の代表的なものである漆について具体的に探ってみましょう。


▼漆とは何か?

「縄文はかせQ&A------縄文時代の漆って?」にあるように、縄文の遺跡からは、土器、弓、櫛、皿、篭など漆をかけたさまざまな製品が出土しています。これは、腐蝕を防ぐ漆の高度な作用と縄文人の漆の技術の高さを物語っています。こうした驚くべき漆の特性は、どこからくるのでしょうか。
道具に塗られている漆とは、ウルシの樹に傷をつけた時に出る樹液を採集したものです。この樹液はしばらくすると固まって樹の傷口を覆い、絆創膏のような役割を果たします(MORISHIGE----漆について)。
漆は、乾く前に触れると皮膚がかぶれるという厄介な性格をもっていますが、ウルシの樹にとっては、これは傷口が固まる前に昆虫などが侵入するのを防ぐための毒性なのでしょう。漆は、ウルシの樹が傷口をふさぐために出す樹液であることから考えれば、漆が木材とよくなじみ、木製品の耐久性を高める塗料として適しているのは当然だと、納得がいきます。
また、漆の特性を知るためのもうひとつの大事な点は、「漆が乾く」とはどういうことかです。「乾く」というと普通は水分が蒸発することなので、空気が乾燥した状態の方が乾きやすい訳です。しかし、漆が「乾く」というのは水分が蒸発するのとは違って、樹液の主成分であるウルシオールの分子が酸化して重合反応を起こして固まることなのだそうです(金沢工業大学高分子材料研究室のページに漆の組成の説明がある)。そして、この反応は湿度が高い方が起きやすく、したがって漆は多湿な環境の方が乾きやすいのです。
こういう漆の特質からも、漆工芸が湿潤なアジアの風土に合った仕事であることがわかります。漆工芸の文化をもっているのは日本のほかには、韓国、中国、チベット、ブータン、ビルマ、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムといった地域です。中国では、漆は長江文明から育った文化ですから、湿潤なアジアを中心に分布していると言っていいでしょう(世界漆文化会議のworld map of urushi culture)。
循環型経済をつくっていくことが課題となるこれからの時代には、それそれの土地の風土にあった素材や技術の活用がますます重要になってきますが、森の素材の持ち味をひきだし、長持ちさせることができる漆の技術は、湿潤なアジアの風土に適した技術だといえます。

▼多才な漆

漆は酸化重合反応でいちど固まるととても丈夫で、アルカリ、酸、塩分、水分に強いという性質をもっています(MORISHIGE----漆について)。木の材質に浸透するので、重ねて塗れば木材の耐久性を高める優れた塗料となります。また漆独特の味わいのある表面をつくりだします。漆に顔料を加えることで、さまざまな色彩がえられます。縄文人も、漆製品にベンガラや朱などの顔料をとかして使っています。他方、塗料としての漆の欠点は紫外線に弱いことで、紫外線で分子が破壊され、漆の特徴である耐久性が失われてしまいます。
しかし、漆の使われ方は、材質を保護し美しい表面をつくる塗料としての機能にどとまりません。たとえば、鎧、兜、弓といった武具をはじめ日本の伝統的な道具には、幅広く漆が使われています。こうした幅広い用途が生まれたのは、漆か塗料としてだけでなく、接着剤としても優れた機能をもつからだと思われます。
接着剤としての漆が重要な役割を果たしている代表的な例は、仏像づくりです。寄木作りという仏像の作り方をする時には、漆と麦を混ぜた麦漆が接着剤に使われるそうです(接着剤今昔)。また、木心乾漆仏といわれる仏像では、木でだいたいの形をつくり、その上に麻布と漆と木屑で細部の仕上げをしています(たとえば十一面観音古寺巡礼----奈良県桜井市聖林寺)。
「私の目と心で感じた輪島塗」の中の「輪島塗りの工程」を見ると、輪島塗りの各工程でも、仏像作りと似た技術が使われていて、接着剤としての漆の特性が活かされているのがわかります。
また、漆塗りの製品には、上手に使いこんでいくと、時がたつとともにますます味わい深いものになっていくという優れた特徴があります。これは、漆の表面が乾いた後も材質に漆の分子が浸透し、酵素が生きていているからだとされています(関坂漆器---漆と漆器のルーツ)。
これからの時代には、使い捨て型の消費から脱却して、気に入った品物を代々伝えていくというライフ・スタイルを学び直すことが必要になっていますが、そういう美学を支えるテクノロジーとして、漆のこうした特性はとても重要になってきそうです。


▼21世紀の循環型経済と「木+漆」

特集「地球環境問題と企業」でも触れたように、大気中の二酸化炭素の増加による地球温暖化といった地球規模の環境問題は、石油や石炭といった化石燃料を大量に掘り出して燃焼させていることが主な原因になっています。こうした化石燃料は、数千年あるいは数億年前に生きていた植物が炭化して地中に貯蔵されてきたものを大量に掘り出している訳ですから、いちど燃やしていまえば再生することができない資源です。それに対して、樹木は伐採してもふたたび植林すれば、100年くらいで再び大きな木になるので、再生可能な資源です。そして、「100年かけて育った木でつくったモノは100年使う」ようにすれば、完全な循環型の資源になります。
こうした考え方で、長く使ってもらえれ家具や木の道具を、主に広葉樹を使って作っている家具やクラフトの工房が各地にできています。上で述べたような針葉樹を偏重する価値観を抜けだして広葉樹林の復元をはかるとともに、広葉樹の森の多面的な活用をはかっていこうとしている訳です。これは、縄文人の「広葉樹の森の文化」から学び直す活動としての性格をもっています。
 このような考え方の先駆的な実践の一例は、岐阜県清見村で家具やクラフト、木造建築等を手がける<オーク・ヴィレッジ>に見ることができます。基本理念の一つを紹介した<100年かけて育った木は100年使えるモノに>では、再生可能な資源である木材を、木の成長と同じくらい使えるモノに作り上げることで、半永久的な循環が可能になるという提案が示されています。「制作工程」で説明されているように、個々に違った個性や癖をもつ広葉樹の木と対話しながら、特性をうまく活かした用途をみつけていくことが、家具や道具づくりの大事なポイントになっています。
 このような広葉樹の家具や道具を長持ちさせるために、漆の技術が大きな役割を果たしています。漆は天然の素材であると同時に、その耐久性は化学塗料にも勝る優れたものであるとされています。難しいと思われがちな取り扱いも、ちょっと気をつけてやれば、日常の食器として長く使い続けることができ、そうして長く使い込むことによって、味わいが加わり、徐々に愛着が出てくるのも、漆器の魅力の一つと言えるでしょう。オーク・ヴィレッジ作品の制作工程の中の<塗装>においても、漆の安全性と高耐久性が指摘されています。

        
漆はウルシの
木の樹液です。
漆刷毛で漆を刷り込む。
柔らかい紙で刷り込むように拭き上げる。

 また、漆器というと縄文的な力強さとは遠い装飾的なものを思い浮かべる人も多いかもしれません。しかし、漆工芸の仕事をする人の中には、縄文的なエネルギーを感じさせる人も、点在するようです。たとえば、<石川県新情報書府・輪島塗>のページに紹介されている<角偉三郎>さんの、木地の肌合をそのままに生かした大胆な作品には、漆器の表現力の奥深さが実感されます。
 広葉樹と漆に代表される縄文以来の森の文化は、未来へとつながる可能性を秘めて、今ふたたびよみがえろうとしています。磁器が「china」と呼ばれるように、漆器は海外で「japan」と称され親しまれています。また、近代に陶磁器が普及する以前は、日本人の日用器の多くは漆器であり、飯わんとしても常用されてきました。たまには漆の椀でご飯を食べてみてはどうでしょう。かつて縄文人が木や森との間に結んでいた多様な交流の回路の一端が、そこから開けてくるかもしれません。

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