会津只見自然通信ホームページより
 魚から見た「生きている川」
 




こんにちは! 只今、夏休みを利用して実家に帰省中のミドリです。

 それは昨日の夜、居間でのーんびりしてた時のこと。
「ミドリちゃん、サケはどうやって生まれた川に戻って来るんだろう?」
久しぶりに会った甥っ子の健太(9才)がそうつぶやきました。手には、「川の生き物図鑑」。
「え?それは・・・。」
ううっ。健太の奴め、なかなかムズカシイことを聞いてくる。
 そういえば、去年の夏休みには、<サンゴ礁の海>について仕事で調べた知識を利用して、なかなか分かり易く解説をしてあげたっけ。一度健太の尊敬を勝ち得た私としては、ここで引き下がる訳にはいかない。

「あっ、もう寝る時間。その話は明日にねっ!」
そう言い残し、そそくさと自分の部屋に戻って早速ノートパソコンでインターネットにアクセス。調べてみると、海と川を行き来する魚って意外に多い。サンゴ礁が「海の熱帯雨林」に例えられ、多くの生き物を育んでいるように、川もまた魚たちの重要な産卵場所であり、住みかなのだ。

 でも待てよ、今や川は洪水を防ぐために堤防をつくったり川岸をコンクリートで固めたり、ダムで流れを遮ったり・・・。安全な暮らしのタメにはしょうがないとないと思っていたけど本当にそうなのかな?
 今月は、魚と一緒にインターネットで川を泳ぐ旅に出発です。

▼意外に多い、川と海を往き来する魚

 まずは、生まれた川に帰ってくるサケのなぞに迫るサイトを探すことにしよう。東京大学海洋研究所大槌臨海研究センター・都木靖彰さんのサイトにある<サケの行動をさぐる>では、サケの行動を調べるセンサーをつかった実験の結果が紹介されている。これによれば、どうやらサケは周囲の水温や自分の身体の発育にあわせて、水面を起点にした上下移動を繰り返しながら、水面近くにある匂いを頼りに生まれた川へ帰ってくるようだ。そして、<川魚紳士録>の<サケの赤ちゃん>によると、川底から湧き水のある所なら酸素が補給されるし、水温も一定しているからなのだろう。生まれたサケの赤ちゃんは、かなり長い間を砂の中で過ごす。海で産卵するマグロなどに較べて、サケが産む卵の数は少なく、1つ1つは大きい。つまり、サケは少ない卵をより確実に育てるという道を選んでいて、そのために安全な場所を求めて川を遡り、湧水のあるところの砂を掘るという手のこんだことをするらしい(<サケの赤ちゃん」(2)>)。わぁー、サケはすごく賢い魚だったんだぁ。
 しかし、サケの行動を把握することは難しく、そのメカニズムはまだまだ謎が多いらしい。
 では、ほかの淡水魚はどうなんだろう?

 <魚の学校><生活様式による区分>によると、淡水魚には一生を淡水域だけで生活するものの他に、サケのように海から川へ産卵のために遡上するもの、産卵に関係なく行ったり来たりしているもの、河口など海水と淡水が混じり合ったところで生活するものなど、いろんなタイプの魚がいるようだ。
 北海道の淡水魚を分類した<生活型によるグループ分け>を見ると、ウナギは産卵のために川から海に下る降河性淡水魚、アユは孵化後すぐに海に下りるが産卵とは無関係に川に遡上する両側性淡水魚だ。産卵のために川を遡るグループにはサケの仲間以外にもシシャモやワカサギなどの名前がある。
 例えば、シシャモは限られた川にしか遡上しないらしい(<魚ッチング>)。どうやら川を遡る魚はみんな、ちゃんとワケがあって川を選んで遡上しているようだ。では、魚が遡る川には何か条件があるのかなぁ?

▼サクラマスは3年の生涯のうち1年を海で過ごす

 <とやまと自然1997年冬の号/春を告げる川魚、サクラマス>には「サクラマスの一生」が紹介されている。サクラマスは、駅弁で有名な富山名産「ますのすし」の原料となっている魚。その一生を、箇条書きにすると・・

◯1年め秋:
河川の上流域で産卵、ふ化した稚魚は冬の間を小砂利の中で過す。
◯1年め春:
小砂利から出てきて、岸辺の緩みに集まり、カゲロウなどの水生昆虫を食べてひっそりと成長しながら、雪けの増水に乗って下流域へ。ちなみに、この稚魚は、一般に「ヤマメ」と呼ばれている。
◯2年め2月頃:
海に下る個体(生まれた稚魚の約60%)と河川に残る個体(ヤマメとよばれる)に徐々に分かれる。
◯2年め春:
海に下る魚はその7〜8割が雌。富山湾に下ったサクラマスは、遠く日本海北部からオホーツク海にかけて1年間の大回遊をする。
◯3年め春:
富山の川に帰ってくる(再び帰ってくることができるものは、降海した千匹のうち、2、3匹)。淵に潜みながら漁を避ける。
◯3年め秋:
再び上流域へ遡り、サクラマス同士あるいはサクラマスと河川に残留したヤマメのペアで産卵の後、まる3年の命を閉じる。
「舟にあげられたサクラマス」富山市科学文化センターより
 田子泰彦氏 撮影


 えっ!渓流釣りをする人が狙う「ヤマメ」って「サクラマス」と同じ魚だったんだ。なんだかちょっとややっこしい。川と海を行き来する淡水魚って、成長の過程によって海や川のいろんな場所で過ごして、同じ種でありながら生態や形態が違うものもいるんだ。

 魚の種類ごとに川で過ごす季節や期間、場所はまちまちだ。それぞれの事情にあった水温や水量、砂利の大きさや餌など、複雑な条件を備えた川に魚は遡って行くんだ。

 でも、神通川ではダムや堰堤の建設などで川の開発が進められ、環境は大きく変化してしまったようだ。それまで川の上流域まで遡上していたサクラマスがダムより上流には上れなくなり、ダムから下流域でも護岸工事や河川改修、砂利・土砂採取や水が取水されたために、遡上してきた親魚の隠れ場がなくなり、稚魚の生育場もさらに少なくなったという。明治40年頃には神通川で160トンも漁獲されていたサクラマスだが、1997年の漁獲は、なんとわずか5トン程度ということだ。
 他の川でも事情は同様で、かつては日本の多くの川に遡上していたサクラマスだが、今では漁のできる川は数えるほどしかないらしい。

 ダムや堰で魚の遡上を遮ることが、魚にこんなに大きなダメージを与えていたなんて・・・。でも、確かダムには魚が通るための「魚道」があったハズだぞ。しかし、考えてみれば魚にとって「魚道」は、あまり通りやすい道じゃないのかもしれない。ちょっと調べてみることにしよう。

▼アメリカでは、ダムを壊しはじめている!

 <川に豊かな自然を>の「魚道について」には、魚道の種類や既設魚道の改善方法などがまとめてられている。これを見ると、跳躍できない魚やカニ、幼魚やエビのような小さい生物が魚道を通ることは、なかなか難しいことのようだ。
 せっかくつくった魚道もゴミがたまってしまったり、水量が不足して水が流れていない例(<貯水地水位と魚道>)もあり、より多くの生き物が通ることの出来るような「魚道」をつくることは、ものすごく手間とお金がかかることなのがわかってくる。

 たくさんのダムで分断されてしまった川を、魚が自由に上ったり下ったりできる川にするのはとっても難しそうだ・・・と思っていたら、なんとアメリカではダム建設は「高くつく失敗」だったと判断し、すでにダム建設をやめているというじゃないか・・・!
 <ダム建設の時代は終わった>によれば、今から5年前の1994年、アメリカの開墾局総裁が「アメリカにおけるダム建設の時代は終わった」という講演をしている。
 アメリカではそれまで多くの大型ダムを建設していた。しかし、長期的なコストと利益を比較すると、ダム建設にかわる代替手段を考えたほうが安上がりだし、環境に対する悪い影響も小さくてすむ、と判断するようになったのだ。
 この方向転換の背景にあるのは、土壌の塩化、漁業の衰退と消滅、湿地と生物生息地の消滅、土着文化の破壊、ダムへの砂の堆積、安全性への疑問など、ダムが引き起こす問題の深刻さが明かになってきたことだ。加えてアメリカの世論も川のエコロジカルな面や文化的価値に、重きを置くようになった。つまり、アメリカの納税者は多くのダム建設に対して、効果的な税金の使い方ではないと判断するようになったのだ。
 しかも既存のダムの魚道を、魚が遡りやすいように改造したりすると大変な投資が必要になるので、ダムを壊してしまった方が安上がりだと判断して既存のダムを壊す例も出てきているらしい。

 一方、日本では現在もダムの建設がすすめられている。川の氾濫を防いだり、生活に必要な水を確保したり、安全な生活のためにはダムは必要なものなんだと、なんとなーく思っていたけど、本当のところ、どうなんだろう?

▼川についての考え方の曲がり角

 そこで、ダム建設や河口堰について建設側と反対側の見解がわかるサイトをいろいろ読んでみた。すると・・・日本のダム建設をめぐる問題は、スッキリしない、気持ちの悪い状況だということがわかってきた。
 日本でも、アメリカと同様、河川をめぐる考え方は明らかに大きな曲がり角に来ている。しかし、方向転換の合意がなされないままに、惰性でダム建設が続けられているようだ。どうやら日本の公共事業には、納税者の意思がなかなか届かない仕組みになっているらしい。

 長良川の河口堰の問題は、最近の河川政策の転換をめぐる論争の代表的な例と言えるが、これについては、<日本のダムのページ…長良川河口堰>で、争点の整理をしてくれている。これによると、長良川の河口堰は1960年に伊勢湾のコンビナートに工業用水を供給する目的で計画されたものだ。しかし、その後の環境の変化で工業用水は間に合うようになったにもかかわらず、長良川の浚渫にともなう塩害を防ぐには河口堰が必要という怪しげな別の目的が立てられ、激しい反対があったにもかかわらず1988年に着工し、1995年に完成している。
 長良川は、本州の大きな川で唯一ダムがなく、そのおかげでアユやサツキマスが海と川を行き来できていたのだから、激しい反対運動があったのは当然だろう。建設を推進した側は、いったいなんのために無理を通したのだろうか?いちど決めた計画を撤回するのはメンツにかかわるということなのだろうか?理解に苦しむなぁ。

 長良川の河口堰と同様に、現在、計画が進行中の多くのダムも、その目的が疑問になっているにもかかわらず、既得権やメンツから計画を推進するというパターンになっているようだ(例えば<木頭村の未来を考える会>の「ダム日記」にある細川内<ほそごうち>ダム)。
 一方、河川に対する考え方をはっきり転換することが必要だとする宣言が、長良川に国内外の専門家を迎えた「'96年国際ダムサミット」の<21世紀の河川哲学>でなされている。
 ダムをつくったり、堤防を高くしたりして、川を無理にコンクリートの中に封じ込めようとしても、川はあふれる時にはあふれてしまう。人工的になった川はかえって大きな災害を起こすことになりかねない(<「公共事業チェック機構を実現する議員の会」主催による川辺川ダム問題(熊本県)ヒアリング記録(98.01.28)>)。川の自然を尊重しながら、「川は時にはあふれる」ということを前提に遊水地をつくるなど、あふれた時の被害を避け、他方で森林の保水力を高めたりするという方法が賢明だというのがその考え方だ。

 どうやら、「治水や利水の目的のためには、川の自然な環境が失われてしまっても構わない」という考え方は、工業化を推進した時代の考え方であり、これからの時代にはそぐわないようだ。では、自然な川を取り戻すためには、どうすればいいのだろうか?
 それをするためには、まず本来の川の姿を知る必要がある。そうだ、魚にとっての「生きた川」ってどんなものなのか、調べてみることにしよう!

▼サケ科の魚にとって棲みやすい川

 自然な川と言っても、上流、中流、下流でまるで様子が違う。上流、中流、下流に分けて、川がつくりだす環境と魚の関係をわかりやすくまとめてくれているのが、<兵庫・人と自然の博物館/Virtual Museum>だ。このサイトを出発点にしながら、魚にとっての生きた川を探ってみよう。

 上流は、保水力の豊かなブナ林から流れ出る冷たい澄んだ水の渓流だ。深い淵と流れの早い瀬の変化が激しい。<上流の群集>によると、上流に住む主な魚は、イワナやアマゴといったサケ科の魚だ。サケ科の魚は、もともと北の海の魚だから、水温の低い上流に適しているのだ。
「イワナ」合津只見自然通信より


 アマゴというのはヤマメの亜種だが、アマゴは中部、関西、山陽、四国に分布するのに対して、ヤマメは北海道、東北など北の方に分布している。さっきヤマメが海に下りてサクラマスになるという話が出てきたけれど、アマゴには海に下りない河川残留型が多いそうだ。しかし、長良川などには海に下りてマスになるアマゴがいて、海で大きくなった魚はサツキマスと呼ばれている(<山女か、鱒か− 本州北部太平洋岸の河川を母川とするサクラマスの生活史の研究−>)。でも、ほかのアマゴは海に降りなくなっているのに、長良川のはどうして降りるんだろう。長良川には障害物がなかったせいなのか、それともアマゴの性格が他と違うのだろうか。
 イワナは、ヤマメやアマゴと同じサケ科で、ヤマメよりもさらに上流に生息している。そして、北の方のヤマメと違って海に下りることはないらしい。といっても、サケ科の魚だからもともとは、寒冷な氷期には川と海を往復していたらしいが、間氷期になって海水の温度があがったために海に下りなくなってしまったようだ(<日本の動植物の由来>)。 イワナや海に降りないタイプのヤマメやアマゴは、サケ科の魚の子供の段階の形のままで成熟するようになったんだ。そう思ってみると、イワナの顔もサケに似ている気がしてくるなあ。しかし、また氷河期になって、川の中流、下流の水温が下がったら、イワナもまた海に降りるようになるんだろうか。
 の<岩魚の里「しゃたく」〜岩魚神社・日本の岩魚様〜>を見ると、イワナの仲間でも北の方に行くほど海に降りるタイプのものが多くなっていて、北海道や東北にいるエゾイワナは海に降りてアメマスになるという。やはり、イワナの類もできれば、海に降りて大きくなって川に戻りたいという性質をもっているらしい。
 こうやって調べているうちに、サケ科の魚たちは地球の変化の中で生き延びていく、複雑な戦略をもっている、愛すべき魚たちだという気がしてきた。
 この愛すべきサケ科の魚たちが、川の上流と海を行き来できるようにするということ。これが、「生きた川」を取り戻すひとつの物差しになりそうだ。


▼アユにとって棲みやすい川

 中流では、上流に較べて川幅が広くなり、淵と瀬の凸凹が上流に較べて小さくなっている。そのため、<中流の群集>にあるように、広く長くそして浅い瀬に、大きく安定した石が比較的均一に並んで、藻の生育に適した条件ができあがっている。だから、この藻を食べるアユが自然な川の中流域では代表的な魚になっているんだ。ちなみに、上流のサケ科の魚たちは、中流のアユと違い、河辺林の植物を食べて成長したチョウ,甲虫,バッタなどの陸上性の昆虫を食べている。
 ところで、アユで興味深いのは、主に日本の川に生息する魚だということだ。英名もayuになっている。『美並観光ヤナ』の<鮎のお話>によれば、アユは、広く朝鮮半島・中国・台湾(北部)などいわゆる極東に分布しているが、石の少ない大陸の川には適さず日本以外にはわずかに生息しているだけだそうだ。つまり、アユは、上流の流れが激しくて中流までたくさんの石が運ばれてくるという日本の川の環境に適した魚なのだろう。
 しかし最近は、蛇行していて淵と瀬のある自然な川が、護岸工事によって変化の少ない直線的な流れに姿を変えてしまっていて、アユが棲みやすい環境の川は減っているようだ。
「アユの一生」高知大学農学部付属演習林研究室より


 また、<四万十川よ永遠に><神業!産卵>によれば、アユは河口に下りて産卵し、生まれた仔魚は海に出てプランクトンを食べて大きくなる。その稚魚が、やがて春になると川を上って中流にくる(こうした「アユの一生」については、高知大学演習林・Nature Photo Galleryに美しい写真がある)のだが、ダムや堰のような障害物があると、アユがこのように川と海を往復するのが難しくなる。
 こうした条件から、天然のアユが川と海を往復し、中流でたくさん育つ川は、四万十川など限られた川だけになりつつあるようだ。その他の多くの川では、稚魚を放流してアユを釣れるようにしている。アユで有名な長良川でも、さっき見た河口堰の影響でアユの仔魚が海に出るのが難しくなってしまっている(<河口堰の問題>)。
 どうやら、アユが川と海を往復し、中流でたくさん育つような川にしていくことが「生きた川」を取り戻すもうひとつの物差しになりそうだ。

 さらに、下流になると、はっきりとした淵と瀬はなくなり,透明度もやや悪くなり、<下流の群集>にあるように、底生動物を捕食するコイ科の魚が中心になる。そして、このコイ科の魚たちは、専ら一生を川や池で過すものが多く、海と川を往復する必要はない。コイ科の魚は、日本列島が大陸とつながっていた時期に湖や池、川にいた淡水魚を先祖にしているらしい。

▼「生きている川」から学ぼう

こうして個々の魚から見た棲みやすい川について考えていくと、自然な川、生きた川の豊かさとはどういうものかが、だんだんわかってくる感じがする。魚には、川や海のいくつかの違った条件の場所の間を移動しながら、形態や餌を変えながら大きくなり、産卵するといったライフサイクルをもつものも多い。そういう魚にとっては、そうしたさまざまな条件の場所が、つながった状態になっていてくれないと困る。
 そうした多様な条件の場所のつながり、そして生き物どうしのつながりが、複雑、微妙な仕組みをつくりあげている。それが川が「生きている」ことなのだろう。
 また、トゲウオ科のトミヨのように、豊かな湧き水がないと生きていけない魚が絶滅の危機にさらされている。つまり「生きている川」を考えるには、目に見える流れだけでなく、見えない地下水脈や森林も視野に入れることが不可欠なのだ。
人間は少しは謙虚になって、「生きている川」から学ばなければならない時代になっているようだ。

 さぁて、健太には、何て話をしてあげることにしようかな?今まで好き勝手に川をいじってきた人間は、これからもっと川と魚から学ぶ必要があるみたいだ。
 皆さんは、今月の特集を読んで何か新発見がありましたか?ミドリは、川を、いま目の前にある風景として点で捉えるのではなく、森から海まで複雑につながった大きな流れとして感じるようになりました。皆さんも、感想など是非メールで教えて下さいね!

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