タイ風エビカレー
「エスニック料理 フォト・レシピ集
- SPICY FILES -」より
スパイスからアジアを考える


 




 みなさん、はじめまして。今月からWebMag初登場の夢智子(むちこ)と申します。この特集を通じて、みなさんと一緒に「そ、そうだったの?」という新鮮な驚きを共にしながら、いろんな新しい物の見方を発見できたらなと思ってます。どうぞ、よろしくお付き合いくださいませ。
 今回のテーマは、『スパイスからアジアを考える』。ただエスニックな料理を食べるだけでなく、料理を通じてアジアのさまざまな文化を考えてみようというわけ。何だかいきなり難解なテーマだけど、スパイシーなお料理には目がない私。ここは一つ「好きこそものの〜」のノリで、無知を恐れず、スパイスワールドにいざ潜入してみようと思います。
 そういえば「激辛ブーム」って騒がれた時期がありましたね。私たち日本人も激辛の刺激にいつの間にやら慣らされ、ちょっとやそっとの辛さじゃもう驚かない若者たちも増えている様子。ところで、激辛という場合に連想されるのはまずトウガラシ。トウガラシは七味唐辛子として昔から身近にあって、日本の薬味の代表選手としてもよく知られているが、激辛ブームに乗ってやってきた激辛料理で出会うトウガラシたちは使い方も辛さの度合いもさまざまである。いろんな国で使われているらしい激辛ブームの主役トウガラシ。では、まずこのトウガラシのことについて探ることにしよう。

▼世界中に波及したトウガラシの威力

  手始めにS&Bセレクテッドスパイス−スパイスの面白エピソードの<トウガラシのページ>をのぞいてみよう。トウガラシの原産地は中央アメリカ〜南アメリカの熱帯地域。トウガラシ自体は2000年以上前のインカ帝国の遺跡から断片が発見されているほど古い歴史を持っているらしいが、実は中南米以外の世界に広まったのは15世紀末のコロンブスによる新大陸発見以降のこと。ということは、今ある中南米以外のトウガラシ料理は少なくともここ500年ほどの間に考案された料理ということになる。
 コロンブスによって持ち帰られたトウガラシはまずヨーロッパで普及・栽培され、その後ポルトガル人やイギリス人によってインドへ伝わり、インドは一大産地に。15世紀末に発見されたばかりの南米のトウガラシが、ヨーロッパを巡り、インドを経て、16世紀頃には遠い日本にまで波及したっていうんだから、当時の移動手段や異国との交流頻度を考えるとちょっとした驚き。わずか100年足らずの間に世界を駆け巡ったトウガラシの強さの秘密ってじゃあ一体何なんだろう。

韓国の食文化に不可欠のスパイス、トウガラシ
韓國人とキムチ
「キムチSHOPPING MALL」より
 もともとは熱帯産の植物であるトウガラシだが、気候風土への順応性が高く、温帯地方でも栽培が可能だったことがまずは普及の大きな理由。ヨーロッパではスペインやハンガリー、その他インド、韓国、日本など世界各地で栽培されるようになったことで安価で市場に出回り、当時にしては格安な香辛料として庶民に普及しやすかったこともポイント。それから、驚いたことに、トウガラシにはビタミンA・Cが豊富に含まれていて、しかも乾燥させた後もビタミン含有量が高いことがわかっている。この栄養価の高さをうまく利用した料理が、ご存知韓国のキムチ。<キムチSHOPPING MALL>によると、韓国では野菜の少ない冬場のビタミン供給源として、トウガラシのたくさん入ったキムチを食べて厳しい冬を乗りこえてきたという。そして、キムチ用に使うトウガラシは何が何でも韓国特有の赤みの強いトウガラシと決まっている。特に赤色は韓国人にとって特別な意味を持つもので、トウガラシが伝わる以前には紫のからしなや紅花の抽出物で赤く染めていたという。また、トウガラシの辛味の成分カプサイシンは興奮状態をもたらすアドレナリンを分泌させるだけでなく、ストレス解消やコレステロールの抑制、食欲増進、体内脂肪の燃焼といった体に有効な働きをたくさん持っている。それから、トウガラシはどんなに加熱しても辛味がなかなか失われないうえ、油との相性がいいといった調理上の特性も世界中の人々に支持された理由と思われる。

 こうして一挙に世界中で栽培されるようになったトウガラシは、各地で大きさ、色、形、風味の異なる独自の品種が生まれ、今ではトウガラシの仲間を含めるとその数は3000種にも達するという。まったく辛味のないピーマンやパプリカも実はトウガラシの兄弟。<北海道立中央農場試験場/相馬場長のサイト>ではピーマンとトウガラシの違いや関連についての話や種類別の調理法などが紹介されている。
 世界中にいかにさまざまなトウガラシがあるか一目瞭然にしてわかる、なかなかユニークなページを見つけたので紹介しよう。<The Chile-Heads home page>ではトウガラシに関するトピック、レシピ、薬効の紹介などの他に、世界で唯一のチリギャラリーを公開中。カラフルで愛らしい大小さまざまな唐辛子をスケール付き!で見られるというかなりオタッキーなページだ。

▼西洋料理のスパイスと日本料理の薬味

 トウガラシのことはなるほど、世界中でごく当たり前に使われているスパイスであるにもかかわらず、今のように広まったのがそれほど古いことではないことがわかった。でも、スパイスの種類は聞くところによると350〜500種とか。ものすごい数だ。最近では輸入食品店やスーパーマーケットでいろんなスパイスを見かけるようになったし、女性雑誌では毎号のようにガーデニングと称して、庭先やキッチンで気軽に育てるハーブの特集が組まれている。でも、実際にはこういった輸入物のスパイスもハーブも私個人としては今一つ手が出ないのが正直なところ。何しろ、どう使ってよいものか皆目わからないものもある。言い訳ではないが、炊き立てのご飯に干物、漬物、冷奴におみおつけっていう純和風の組合せがマイフェイバリットでありまして、七味をパッパッと振りかけて、ワサビやショウガをチョンと乗っければもう大満足なのだ。でも、七味だって立派なスパイス。中身をみてみると、トウガラシ、陳皮、青のり、さんしょう、おのみ、黒ごま、白ごまとある。これら日本で普通に使われているスパイスと輸入物のスパイスとはどこがどう違うんだろう。それに、ワサビやショウガもスパイスなのだろうか?

 というわけで、スパイスのことをよく考えられるサイトを探したら、<スパイス・オフ 講義録>にたどり着いた。講師の武政三男さんはもともと食品化学を専攻していたが、勤務先の会社がスパイスの業務を始めることになって、スパイスの勉強のためにホテルの調理場に派遣され、調理の現場からスタートしてスパイスの研究を始め、英語でスパイスの本を出版するにいたったという人だ。それだけに、読んでいくと明快な話で、ナルホドと思わされるところがたくさんある。
 <ハーブとスパイスの違い編>をのぞいてみると、ハーブというのは薬草、スパイスは料理用の香辛料。だから、武政さんの用語法では、ハーブでも料理に使えばスパイスということになる。そして<植物の科目分類によるスパイス編>には、ちゃんと洋風スパイスと和風スパイスの対比表がありました。これを見ると、たとえば、シソ科のスパイスの場合、洋風スパイスはバジルやマジョラム、ミント、タイム、セージ、オレガノといった比較的日本人にも知られているものがあげられている。一方、和風スパイスは青ジソ、赤ジソなど文字どおりシソだ。ショウガ科をみると、洋風はジンジャー、ターメリック、カルダモン、和風はショウガ、ミョウガなど。さらに、セリ科では、洋風がパセリ、キャラウェイ、クミンに対して、和風がセリ、三つ葉、アブラナ科では、洋風のマスタード、クレソン、ホースラディシュなどに対して、和風が、辛子、ワサビ、大根などとなっている。こうして見ると、日本の料理で薬味として使っているものとヨーロッパでスパイスやハーブとして使っているものとでは、植物の系統で見ると同類のものが多く、違うのはそういう植物の使い方である。
 たとえば、日本でのシソの使い方は、冷や奴や刺身の薬味にされたりするが、同じシソ科の洋風スパイスであるバジルやタイム、オレガノは肉や魚に香りをつけ臭みをとるために、下ごしらえや調理中、仕上げに分けて使われたり、煮込み料理やブイヨンづくりにはスパイスを束にしたブーケガルニとして使用される。(輸入食材店MINの<ハーブ&スパイス>)。

▼スパイス・ミックスが西洋料理のツボ

 武政さんは、日本の料理の薬味は、単品で使うことがほとんどであるのに対して、ヨーロッパの料理では、複数のスパイスを組合わせて使うことが多く、このスパイス・ブレンドの仕方が料理のツボであることを強調している。たとえば、ハンバーグにはナツメグを入れるが、ナツメグだけでは、敏感な人にとっては薬臭いと感じられてしまう。しかし、ナツメグと一緒にオールスパイス、シナモン、クローブを加えるとそういうことはなくなるのだそうだ。
 ところが、日本料理には、こうした複数のスパイスを組合わせるという発想がない。この点と関係が深そうなのが、スパイスと油とのなじみやすさだ。武政さんの講義の中の<スペアミントの葉っぱによる実験編>に書かれているように、スパイスの香りの成分である精油は油に溶けやすいので、多数のスパイスをブレンドする効果は、油を使った料理や脂身の多い肉料理の際に発揮されることになる。しかし、伝統的な日本料理には油で炒めるという調理法があまりない。それに対して、ヨーロッパでは肉料理と油を使った料理が多いため、ローマ時代から中近東を通じ通商を経て入手されたアジアのスパイスが宝石のような貴重品と見なされたわけである。

▼ 日本のカレーライスは日本料理?

 ところで、とにかくたくさんスパイスを使うスパイシーな料理といえばインド料理の右に出るものはないんじゃないかと思う。
 では、インド料理って何と聞かれて、「インド料理とはかくかくしかじかこういうもので…云々」とはっきり説明できる人はなかなかいないのではないだろうか。「インド料理?カレーに決まってるじゃん」という人には、日本のカレーは日本料理だというインド人の見方があることを知ってほしい。私が日本にあるインド料理レストランでカレーなるものを食べた経験からすれば、日本の家庭で日常的に作られているカレーとは、まずその外見からして違うことがわかる。とはいえ、マトンカレーとかキーマカレーとかいうサラサラした汁状のものをナンなんぞにつけて口に入れ、「辛え〜」といってその刺激的な味に打ち震える以外になすすべがなく、このカレーらしきものが一体何なのか冷静に判断することはついぞなかった。
 しかし、今、改めて振り返ってみるとインド料理とは、確かに日本でいうところのカレーとスパイシーであるという点では共通するが、全く異質なもののような気がしている。インド料理=カレーという単純図式で勝手に納得してしまうと、インドの宗教、哲学や音楽、舞踊にも通じる、複雑にして玄妙なインド料理に驚くとともに魅せられるチャンスを失ってしまうのではないか。そんな思いを抱きはじめている私なのだ。
 まず、インドに「カレー」と名のつく料理はないことを押さえておくべきだろう。<おいしいカレーが食べたい人に>によれば、カレーという言葉は、18世紀にインドの統治国であったイギリスの人々によって名づけられたものであり、日本人がカレーと呼ぶ代物も実はもともと英国式のカレーである。インドの家庭では本来、料理をする時にその都度、調理素材に合わせて各種スパイスを配合してマサラ=スパイス・ミックスを作る。イギリス人はこれを簡略化して、ある配合のスパイス・ミックスを油で炒ったカレー粉をつくり、イギリスに普及させた。そして、カレー粉と小麦粉を油脂で炒めたルーを使って野菜や肉を煮込む、煮込み料理という形の英国式のカレーがつくられ、これが高級洋食として日本にも伝わったのだ。

▼マサラ=スパイス・ミックスを味わうインド料理

 こうした迂回によって、カレーはもともとのインド料理とは異質なものになっているため、日本的なカレーづくりにこだわりを持つ人が、本来のインド料理に出会うとカルチャー・ショックが起こる。矢萩多聞さんのSHANT第2号<カレー気違いに捧げる鎮魂歌>は、インド料理に魅せられた日本人によるレポートだが、カレーは長い時間グヅグツと煮込むことでおいしくなると思っていたために、インドのマサラ料理のつくり方を知って非常に驚く。そうした体験に基づいて矢萩さんは「カレーとは煮込み料理ではなく、ソース料理である」と明言しているが、ここで「ソース料理」と言っているのは、「マサラ・ソース」をつくる過程が料理の中心になっているからであろう。

 つまり、<おいしいカレーが食べたい人に><スタータースパイス>にも書いてあるように、インドのマサラ料理の基本的な考え方は、素材に合ったマサラ=スパイス・ミックスの絶妙な香りや味の調和を楽しむことにあるため、長い時間煮込んでしまったら、せっかくのスパイスの香りや風味が失われてしまう。したがって、素材となる野菜あるいは肉にマサラ・ソースをあえる程度に短時間煮ることになり、また何段階にも分けてスパイスを加えるという調理法になっている。
 具体的には、たとえばつぎのような手順になる。

  1. まず、ニンニク、ターメリック、クミン、黒胡椒、トウガラシ、ショウガなどを塩と一緒に磨り潰した「マサラ」というペースト状のスパイス・ミックスを油で炒め、磨り潰したスパイスの成分をよく油に染み出させる。
  2. 玉ねぎのみじん切りを炒め、甘み、酸味とトロ味をつける。タマリンドやトマトのみじん切り、マンゴーなどを使うこともある。
  3. 具(肉と野菜)を炒める。
  4. 水、スープ、ミルク、ヨーグルト、ココナッツミルクなどの水分を加えて軽く煮込む。
  5. 最後に魔法のスパイスといわれる「ガラムマサラ」を加える。

 インドには地方によって各種のマサラ料理があるが、油にスパイスの香りのもとである精油を染み出させ、香りと味の複雑なハーモニーをつくり出す過程を重視するのは、共通しているようだ。つまり上の1と2で、マサラ・ソースがつくられると言っていいだろう。
 最後の重要なポイントが「ガラムマサラ」。これによって最終フィニッシュを飾る。ペースト状の「マサラ」と違い、「ガラムマサラ」は粉末状の炒ったスパイス・ミックスである。したがって、作り置きが可能であり、まとめて作ることが多い。スパイスの種類や配合の仕方は家庭によって異なるため、各家庭の味を交換しあって味のバリエーションを楽しむ習慣もあるようだ。

カレーの店ハイシ「スパイス辞典」より


 「ガラムマサラ」に使用される代表的なスパイスは、カルダモン、シナモン、クローブ、クミン、コショウ、コリアンダーなどだが、スパイスの調合の仕方によって無数の「ガラムマサラ」ができあがる。ペースト状の「マサラ」を含めれば、最終的にミックスされるスパイスの数は20種以上にも及ぶだろう。これらのスパイスは私たち日本人にとっては、馴染みのないものも少なくないが、<かれいなる香辛料たち>で代表的スパイスの特徴を見ることができる。
 何はともあれ、インド料理というものがスパイス・ミックスの無限の組合わせにより作り上げられる、恐ろしく奥の深い世界であることがわかっていただけただろうか。

▼ 日本料理の「うま味」ミックス

  アジアの食文化において、西の横綱がスパイス・ミックスのインドだとすれば、東の横綱はシンプル志向の日本といえるかもしれない。いささか乱暴な対比だが、西洋料理との比較のところで見たように、日本でのスパイス=薬味の使い方はいたってシンプル。日本に伝わっていたスパイスの種類は決して少なくはないし、近年になってカレー粉やウスターソースという形でさらに数多くのスパイスが日本人の口に入るようになった。しかし、日本ではずっと薬味としての単品使いが主流、コショウやクローブ、シナモンといった外来スパイスは長い間漢方として扱われるだけで、食卓にあがるようになったのはつい最近といっても過言ではない。なぜ、日本ではインドやヨーロッパのようなにスパイス・ミックス文化が長い間発達しなかったのだろうか。
 明瞭な理由のひとつとして、日本の伝統的な料理では、テンプラ以外には油を使って炒めるという調理法がほとんどなかったということと、脂質の多い牛や豚などの肉を食べることの少ない食習慣だったことがあげられるだろう。上で触れたように、スパイスの命ともいえる香味を含む精油は油との親和性が高く、その香りを油に移すことによって効果を発揮する。したがって、スパイス・ミックス文化の発達は、油を使った料理法や脂質の多い肉の料理と密接な関係があると考えられる。とすると、日本のように油や肉をあまり使わないところでは、スパイス・ミックス文化は発達しにくいということになる。

 では、インド料理が高度なスパイス・ミックスの文化だとすると、日本の料理は「うま味」のミックスの工夫に長けた文化だと言うことができるのではないだろうか。「うま味」成分というのは、<なるほど!「うま味」調味料>に書かれているように、昆布やかつお節などダシをとるのに使われる食品などを分析した結果、見いだされたグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸といったアミノ酸や核酸である。醤油や味噌にも、こうした「うま味」成分がたくさん含まれている。最初に、1908年に東京帝国大学教授の池田菊苗博士によってグルタミン酸が「うま味」成分であることがつきとめられ、その後も、「うま味」の研究は日本で最も活発になされてきた。
 日本では昆布とかつお節を合わせて使う“合わせダシ”も一般的だが、昆布のグルタミン酸、かつお節のイノシン酸の相乗効果でさらに「うま味」が増すことが科学的にも証明されている。じつは、刺身を醤油で食べるのがうまいのも、醤油のグルタミン酸ソーダなどのうま味と刺身のイノシン酸の相乗効果が生じるためである。日本料理では刺身と醤油には、さらにワサビが不可欠なわけだが、こうした日本の薬味の役割は「うま味」の相乗効果を補強することにもあるようだ。

▼スパイス文化と「うま味」志向が重なる東南アジア

  日本ではもうブームとはいえないほど定着した感のあるエスニック料理。中でも東南アジア料理は日本人に特に好まれているようで、そういう私も大のタイ料理ファンである。輸入食品店で手に入るお気に入りのグリーンカレーの缶を常備しておいて、お友達が遊びにくるたびにご馳走しているが、みんな口を揃えて「辛いけど、まろやかでおいしい〜」と口から火を噴きながら感心している。
 自分の食の経験から考えてみると、個々の東南アジア料理に共通する特徴を大雑把に言ってしまえば、辛さの度合いはあるにせよ、とにかくスパイシーであり、同時に甘酸っぱいということだろうか。多くのスパイスが東南アジアの原産であることを考えれば、スパイシー志向は当然といえば当然。東南アジアにおいても、インドのようなスパイスをミックスした「カレー」のような料理が古くから作られてきたと思われる。私は中でも独特な味わいを持つタイカレーの奥深さに魅せられてしまっている。

 さて、今までたどってきたインドのスパイス・ミックスや日本の「うま味」ミックスを踏まえて東南アジアの味覚を位置づけてみると、どうしてタイカレーなどの東南アジア料理が私たちにとって特においしく感じられるのか、その背景に合点がいくはずだ。つまり、東南アジアの味覚は、大づかみには、日本列島をはじめとする東アジアの「うま味」志向の文化と、インドのスパイス・ミックス文化の両方が重なり合った特徴をもっているからなのだ。これがどうも、「うま味」志向の文化の中で育った私たちにとって馴染みやすい理由のようである。
 国立民俗学博物館の石毛直道さんが94年に開催された「国際大豆食品フェア」の記念フォーラムプログラムにまとめたもの(<モンスーンアジアの食文化>)によると、ユーラシア大陸の東側モンスーンアジア地帯は水田稲作に依存する非牧畜文化型の食事パターンがみられ、さらにモンスーンアジア地帯は塩辛、魚醤油を利用する魚醤文化圏と、味噌、醤油、納豆などの大豆発酵食品が発達した穀醤文化圏の2つから構成されると考られている。魚醤とは小魚やアミの塩辛の上澄み液を取り出したもので、文字どおり「魚の醤油」。タイのナム・プラーやベトナムのニョク・マムが有名だが、日本でも秋田の「しょっつる」や能登の「いしる」は伝統的な魚醤だ。
 東南アジアの魚醤と日本の穀醤、この両者の共通点はともに「うま味」の成分グルタミン酸の含有量が豊富なこと。魚醤の場合、魚に含まれる酵素作用によって蛋白質が分解し、アミノ酸が生成されるために「うま味」が生まれるという。なるほど、東南アジア料理が日本人の口にやたらに合うのは、やはりこの「うま味」という共通のベースがあるからなのだ。石毛さんはプログラムに寄せた文章の最後に、“モンスーンアジアの食事文化は「うま味」の文化圏である”と結論づけている。
 さらに、<あなたも東南アジア料理通>によれば、東南アジア料理の魅力の構成要素には、スパイス・ミックスと酸味野菜も不可欠であるという。したがって、東南アジア料理の魅力とは、端的に、魚醤や塩辛の「うま味」+スパイス・ミックス+酸味の三位一体であると言えそうだ。トウガラシをベースとしたソースにトマトやシュリンプペーストを入れるインドネシアの「サンバル」、世界の3大スープといわれるエビのスープ、タイの「トム・ヤム・クン」、そして魚介のスープであるフィリピンの「シニガン」など各地域の代表的な味覚は、いずれもこうした要素の組合わせになっているのである。

 スパイスを切り口に主にアジアの食文化を眺めなおしてみるという今回の特集、いかがでしたでしょうか?
 東南アジアの味覚は、日本列島と連続的な面と異質な面の両方があるのに対して、インドの味覚は一番手強い異文化といえるでしょう。こうした位置関係は、例えば以前お送りしたWebmagの特集第15号<遠いクニ、妙なる音楽>でご紹介した各地域の音楽の相互関連にも共通するところが多いようです。興味のある方は是非読んでみてください。それではまた、次回お会いしましょう。

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