近況報告

 どうして毎年この時期になると忙しくなるんでしょうか。忘年会。クリスマスカード。 年賀状。年末のご挨拶。お歳暮。大掃除。あ〜忙しい!落ち着きませんよねぇ。 なのに何ですか、街はクリスマスのほんわかロマンチックムード一色。カップルはのろのろ歩き。 両手に荷物のあたしゃぁ、身軽にカップルを追い越して先を急ぐこともできやしない。 ええい暑苦しい、暖冬なんだからそんなにくっついて歩くなぁぁぁ!! と心の中で叫ぶ自分にはっと気付き、あ、あたしったら、 こんなことだから今年のクリスマスも家族で過ごすことになるのだわ、と反省するのでした。
 こうして慌ただしく終わろうとする1997年。今年はあなたにとってどんな年でしたか? 私にとっては、変化の年でありました。7年間働いた会社を辞めて、ぷー太郎して。 で、アメリカの会社に就職することになって。1998年用の新しい手帳をめくりつつ、 来年はどんなことが起きるのかしらと、楽しみでもあり不安でもあり、 何だかやっぱり落ち着かない年の瀬なのです。

(Megumi)

【驚きの視力回復手術の巻】


 さて、予告通り今回は、視力回復手術のお話です。

 私が初めてメガネをかけたのは中学3年生。目の間がムズガユクなるような変な感じと、 段々と見えなくなってきていた黒板の文字が急にくっきり見えたこと、それから、 何か世界が二段階くらい明るくなったような気分になったことを覚えています。 それ以来、10年強、3年前まで、メガネを手放せない生活を続けていました。

 視力回復手術というのがある、というのは何となく知っていました。視力回復トレーニングとか、 目に良い薬とかは広告で見ていたし、コンタクトレンズも試したのですが、私は極度のドライアイ。 ハードレンズはポロポロと落ちるし、ソフトレンズは目の上でシワシワになるような感じ。 私はずっとメガネなんだ、と諦めていました。


 3年前、カリフォルニアでの2年間の研修のためアメリカに渡った直後、 任期を終え日本に帰る駐在員の送別会を兼ねての夕食の席でのこと。 その人がぽつりとこぼしました。「一つ、やり残したことといえば、RKかな」。この一言から、 視力回復手術、RK(Radial Keratotomy)の話で大いに盛り上がったのでした。 その時は、まさか自分が・・・とは思わなかったのですが、数日後、 偶然にも新聞でRKの広告を目にして、半分冷やかしで予約を取ってみたのです。

 このRKの仕組みというのが、目の玉の表面にごく浅い切込みを放射線状に入れることで、 目玉の形がちょっと変わり、目に入る光の屈折度が変わって視力も変わる、というものらしい。 発見は偶然で、ロシアかどっかでサッカーだか野球だかをしていた青年の目に、 運悪く割れたガラスが刺さった。しかしそれがきっかけで彼の視力がいきなりUP! 驚いた人々が研究に研究を重ね、今ではアメリカでは何百万もの臨床例を持つ、 立派な視力回復手術として発展したとのこと。

 らしい、らしい、と先ほどから連発していますが、その訳は、 ドクターが一生懸命説明してくれても英語でよく分からなかったのと、 RKについて詳しく知るのが恐いような気がしたからです。だって何となく恐くありませんか? 目に傷をつけるなんて。それもわざと。今でも、「な、な、なんてことをしてしまったんだ」 って思うのが恐くて、あまり真実を探求する気になりません。ごめんなさい。で、すみませんが、 お近くのサーチサイトから、Radial+Keratotomyという言葉をキーとして、検索をしてみて下さい。 英語のサイトはたーっくさん出てきます。日本語のサイトは一つ、 近視矯正治療の全て を発見。


 さて、私が訪ねたSan Jose Eye Centreという所は、ごくごく普通の目医者さんという感じ。 違ったのは、待合室にRKについての本があったり、患者さんのお礼の手紙が分厚くファイルされていたこと。 まずRKの紹介ビデオを見せられ、視力検査。で、その日は終わり。 「またおいで」と言われて行くと、また視力検査。もう一度視力検査。そして4回目にして、 ようやくドクターが、RKの歴史から仕組みや危険性、私の目にはこのような手術をして、 この位の期間でこの位目が良くなる、みたいなことを説明してくれました。 何せ全部英語だし、乱視(astigmatism)とか全く訳の分からない単語は並ぶし、 と気が遠くなりかけたところで、ドクターが「で、やる?」。思わず「イ、イ、イエス」 と言ってしまって、あ・・・と思った頃にはもう日程まで決まっていました。

 そして当日。初日は右目だけの手術。まず精神安定剤、と言われ、 白い錠剤を一つ飲まされました(手術する段になって恐くなり暴れる人もいるらしい)。 それから5分おきに2・3回目薬をさされました。その後、別室に連れて行かれ、 紙製のシャワーキャップのようなものと、割ぽう着みたいなものを着せられ、さらに、 別のシャワーキャップのようなもので、運動靴をすっぽりと包むよう言われました。 そして右目の周りに軟膏(?)を塗られ・・・いよいよ手術室へ。

 ドアが開くとまずガンガン流れる音楽にびっくり。 「こんにちは!」「いらっしゃい!」と迎えてくれた3人も、すごく陽気で、 思わず笑いが。ベッドに寝ると、輪のようなもので目を固定。もうまばたきも出来ません。 目薬のせいなのか、メガネをかけていないせいなのか、周りはぼーっとしか見えません。 ドクターと助手の間での二言・三言やりとりの後、鉛筆のようなものが近づいてきました。 そして上から下へ、スーーーッ、とその鉛筆のようなものが動く。あ! 何と言ったらよいのでしょうか、 周りが一段階明るくなったみたい。今度は右から左へスーーーーッ。 また一段階明るくなったような気がするのと同時に、視界がハッキリと・・・。

 そして、それがナイフだということに気付いたんです! ギャーと叫ぶ暇もないまま、今度は斜めに2回、ナイフが目の上を走り、はい、おしまい。 「バイバーイ」と手を振って手術室から見送られた後、おやつを振る舞ってもらい、 じゃ、またね、と言われて病院を後にしたのは、何とたったの35分後。これには驚きました。

 最初に飲んだ安定剤が後から効いてきて、フラフラと家に帰り、 目に触るのが恐くて顔も洗わずに寝てしまいました。さて次の朝、 右目を開けようとするのだけれど痛い!顔を洗わなかったので目に汗でも入ったのかしら。 とにかく染みるような激しい痛み。それでもシャワーをしばらく顔に当てていたら、 段々目を開けることが出来るようになって・・・わ!見える!見える! 驚きです。右目だけ、ものがすごく自然に、よーく見えるんです。


 それから1週間、左目の手術まで、 私はメガネのレンズの右目だけを外して掛けることになりました(これは結構マヌケ)。

 痛い、と思ったのは、手術の翌日起きてから最初の数時間だけ。次の左目の手術の日は、 安定剤も断って、気楽に手術台に上ることが出来ました。何故か左目の手術の後は、 全く痛みもなし。それ以来、もうメガネを掛ける必要のない生活が続いているんです。

 なんせ、見えるんです。見える見える。朝目が覚めて、壁の時計がベッドの中からくっきり見える。 ラーメンを茹でても曇るメガネがない。メガネを手探りで探さなければならない、 あのイライラもない。まさに天国!!!


 もちろん、良いことばかりではありませんでした。目に放射線状に切込みを入れたお陰で、 夜になると、街灯が全部「*(アスタリスク)」みたいな形にキラキラと輝いて見えちゃうんです。 もう町中イルミネーション状態。1ヶ月くらい続いたかと思います(もちろん今では全くなしです)。 それから、スキーやスキューバダイビングのゴーグルは全部度付きのレンズを入れていたのが、 不要になってしまい、サングラスも含めて全部買い替えました。これは予想外の出費。


 手術を受けてから1年後、もう一度、微調整のための手術を受けました。 このRKというのは、やり過ぎたのを元に戻すことは出来ないのだけれど、やり足すことは出来る、 とのことで、最初は少し控え目に手術したんだとか。その2回目の手術からももう1年半、 最初の手術からは3年経ちましたが、快適な生活を送っています。

 料金は、当時、片目1,300ドルでした。当時の円レートで、片目12万円弱。 それでも1年後の手術の際には、施設費300ドルだけでOKでした。手術前の検査や、 手術後の検査(合計で10回くらい行ったでしょうか。未だに、2年後検診のお知らせ等が来ます) などは片目1,300ドルに含まれています。ボーナスが飛んだけど、投資のしがいあり、でした。


 実は、私の友達も影響されて、手術を受けたんです。レーザーを使う方法でやったそうで、 目に何も触れることなく手術が終わったんだとか。技術はどんどん進んでいるみたい。

 どうです?あなたも試してみたい、と思われますか?