[Eco-Scope]
[写真] 今月の担当は・・岩嵜博論
 あるワークショップで、「ブラインドウォーク」というものを体験した。これは、二人一組になり、そのうちの一人が目を閉じてもう一人のナビゲーションによって歩くというものである。目を閉じることにより視覚情報が欠落し、そのぶん聴覚や嗅覚が研ぎ澄まさられる。そして、脳がそれらの限られた情報ソースを使って失われた視覚情報をイメージによって補完しようとするのを実感する。ぼくは平坦な道路を30分間歩いただけだが、これが混雑するターミナル駅での体験ならば、さらに別のイマジネーションと混乱が待ち受けていたことだろう。


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郊外を捨てて都心へ

  くが通っている大学は、神奈川県の郊外にある。しかし、そこは「郊外」というのもおこがましいくらい周囲は荒涼としている。いわば、そこは高度成長時代の人口流入期より際限なくスプロールし続けた「東京圏」のエッジのような場所である。そして、これまでこのようなスプロールの外縁にあたった場所がそうしたように、大学の周辺も来るべき郊外化に備えて、農地から宅地に変更されることを前提とした計画が策定されているという。さらに近い将来には、横浜の都心部から放射状に延びて最寄の駅に接続している鉄道路線が大学の近くまで延伸、さらにその先のターミナルを目指して拡張すると期待されている。宅地化した土地には、横浜に通勤するサラリーマン層がユートピアを求めて家族とともに移り住んでくるのであろうか。これはまさに、残り少なくなりつつある今世紀中ずっと続けられてきた、都市と郊外住宅地のモデルを踏襲したものであると言える。

  かし、本当に荒涼とした土地は宅地になり、また人々が移り住み、いわゆるニュータウンとしてにぎわうのだろうか。「郊外」として繁栄することの準備を怠らないこの土地には申し訳ないが、なんかリアリティを感じられないのだ。そもそも、少子・高齢化の時代で、人口全体もこのままでは21世紀の初頭に頭打ちとなると言われていて(日本の将来推計人口(平成9年1月推計)について)、都市部への人口集中の度合いを考慮しても、これまでのスピードで東京圏がスプロールし続けるとは考えにくい。むしろ、都市は将来に向けて徐々にシュリンクしていくと考えるのが自然だ。だいたい人々はこれ以上郊外を必要としているのだろうか。

  学からしばらく車で走ると、昼夜を問わず慢性的に渋滞している幹線道路に出る。その道路の沿線には郊外に典型的なロードサイドショップが軒を連ねる。考えてみれば、ぼくはこのような郊外的なものを生活者の一人として利用するようになったのは今の大学に来てからだ。そしてここでの生活を続けるに従って、以前から燻っていた郊外への否定的な思いが決定的なものになった。というか、郊外はつまらないということがよくわかった。例えば、外で食事を取る場所のバリエーションは限りなく少なく、コンビニかファミレス、よくてロードサイドのラーメン屋。行く先々が同じ型枠で整形したかのような予定調和的で均質な世界。こんな薄っぺらな世界とはいい加減決別したい。大学の郊外出身の知り合いたちも同じような思いを共有している。都市や建築を専門とする彼らだからこそなのか、生まれ育った場所である郊外を自嘲し、下町的なものへのあこがれている。都市が本来持っている猥雑さや、混沌とした世界感に魅力を感じているのだ。

  外を捨てて都心へ。郊外に住みながら都心に出稼ぎ(?)に行くような生活とは決別し、都心に生活を埋没させるにはどうすればいいのだろうか。実は都心居住に関する議論は割と古くからなされている。その昔(これは現在も続いているが)は都心部の人口減少をどのように食い止めるかという議論があったり、地価が高騰した時には都心の土地の利用に関する議論があったかと思うと、今は地上げで虫食い状態になった都心の一等地をいかに有効活用するかという話題に移っていたりする。住友信託銀行情報コラム「リサーチカフェ」の「都心居住の時代」を見ると東京をケースにした都心居住を取り巻く実態がよくわかる。東京都心8区から区部以外の東京圏に転出した世帯に対するアンケートでは、「住居費負担の軽減」や「より広い住宅」を理由に転出いる一方で、多くの世帯が「できれば都心に住み続けたかった」と答えていて、高い都心居住意向を見せながらも、コストが高くて狭いことが継続的居住を妨げていることがわかる。

  かに都心の住宅は狭く、良質なものは少ないかもしれない。大阪にある「都住創(都市住宅を自分たちの手で創る会)」は1975年に設立されたNPOで、建築家などの専門家グループとエンドユーザーがデベロッパーを介さず直接手を結ぶコーポラティブ方式で都市住宅の質の問題に果敢に取り組んできた。地価高騰のために1991を最後に活動を一時中断していたものの、1999年6月に「新・都住創宣言」を発表し、8年ぶりに活動を再開させている。コーポラティブ方式を取ることによって、ディベロッパー・マージンを節約することができコストを抑えることができる上、集合住宅でありながら自由設計を取り入れることができ、建設組合を通じたコミュニティを維持することができるなどのメリットを享受することができる。都住創では、このコーポラティブ方式で25年間18棟の都市型集合住宅建設の仲介を果たしてきた。

  1996年に行われた第5回都市環境デザインフォーラム関西では、「都心居住の環境デザイン」という内容で議論が展開された。このフォーラムでは、課題解説講演として都心居住の問題の論点を整理する講演が行われ、パネラーから問題提起がなされている。このフォーラムの資料は都心居住の現在的な論点を整理する上で非常に参考になる。特に面白いのは、このフォーラムが開催された時にフォーラムに集まる各分野の専門家によって作成された「キーワード集」だ。ここでは、都心居住の環境デザインのキーワードとして「住みあう」「混じりあう」「連鎖するデザイン」の3つのパート、計85個が提示されている。例えば、「混じりあう」のパートは、「人が混じりあう」「仕事が混じりあう」「空間が混じりあう」などのキーワードが並べられていて、薄っぺらで均質な郊外の世界観に対して、都心が異質性、混合性などの性質を持っていることが指摘されている。

て、いくらコストが低減されるからといって、大学生や大学を出たばかりの若造にコーポラティブ住宅が建てれるわけはない。それでも、どうしても郊外の予定調和的世界から抜け出し、「混じりあう」都心に移り住みたい若者はどうすればよいのだろうか。まあ簡単に言えば、都心のアパートを借りて、高くつく分は一生懸命働いて稼げばいいのだが、それじゃあまり面白くない。なにか有効なウルトラCはないのだろうか。「@kimoto.com」のきままコラムの中に「若者のための住宅情報」というページがある。ここに少し面白いアイデアがいくつか紹介されている。一つは、核家族が核分裂化して単身世帯が増えるから郊外の一戸建ては必要なくなるということ。もう一つは築年数の古い事務所ビルを住宅にしてしまえという話。

して最後が結構傑作なのだが、持ち家を持った高齢者が増えるので、戦後の戦争未亡人のところに学生が下宿したように、学生に限らず中高年や留学生を下宿させちゃえという話。最後のアイデアを見て思い出したのだが、「下宿」ではなく、「居候」をしながら生活を続けている人の「居候ライフ」というサイトがある。このサイトの主催者小川さんは、知り合いネットワークや、自らが発行するミニコミ版「居候ライフ」を通じて接触があった人たちのところへ、長くても2週間程度のスパンで居候を続けている。「@kimoto.com」のコラムのコラムが提案するように、都心に邸宅を構える企業の元重役とかいった人の家に、書生あるいは将棋の相手として転がり込んで居候するのも古風でいいかもしれない。あるいは赤坂あたりの日本舞踊の先生をしているおばあちゃんのところに居候しながら教室を手伝っちゃうとか。自分たちと同じような人間が同じような表情で歩いている均質的な郊外を捨てて、少々の苦労は伴っても、自分たちとはまったく違った価値観のもと生活する異質な人々に「混じりあう」ことができる都心生活を試してみるのもいいのではないだろうか。



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