[交信録]
岩嵜さんあてに届いたお便りの紹介
【35号】

今日たまたま貴webを見ました。折り畳み自転車のことでお聞きしたいのですが。現在60うん歳で運動と趣味をかねてBD-1を購入しましたが,折り畳みも簡単にはできず,重さもかなりのもので輪行はむりとあきらめかけています。最近話題のtraincleというとても軽いのがあることがわかりましたが,どうも散歩に毛のはえたようなものであるというところに引っかかります。乗り心地と,走行性(一日で50km目標)はどんなものでしょうか教えてほしいのですが。

げんた

お返事ありがとうございます。

いやー、ぼくもあの文章は書いたものの、実はトレンクルには乗ったことがないのです。ぼくが持っているのは、げんたさんがお持ちのBD-1と同型で、プジョーから出ているPacific-18という自転車です。確かに、ぼくもガンガン輪行しようと思い、Pacific-18を買ったときに一緒に輪講バッグも購入しましたが、その後(時間があまりなくて長距離乗ることがないこともありますが)一度も使っていません。やはり重量が10キロもあるとちょっと躊躇してしまいますね。

それに比べるとトレンクルは、軽いもので6.5キロ、重いバージョンで7.5キロですから、BD-1やPacific-18と比較してもせいぜい2、3キロ程軽くなるだけです。この2、3キロの差で劇的に輪行しやすくなるかどうかはちょっと難しいですね。確かトレンクルにはギアがついていませんが、ギアがついてトレンクルなみに小さくなるものにBromptonという自転車があります。しかし、これも重量は BD-1なみだったと思います。

しかし、1日で50キロとは凄いですね。まさかこれを毎日、というわけではありませんよね。ぼくは以前ママチャリで1日120キロ程度走ったことがあります。その前にMTBで同じコースを走ったのですが、さすがにママチャリだとMTBのようにスピードは出ませんが、MTBよりはらくちんでした。このくらいの距離でも時間をかければのんびり走れるものです。トレンクルにはギアがついていないので、ほとんどママチャリ状態かもしれませんが、ゆっくりのんびり走る分にはいいのではないでしょうか。

あまりお役に立てていないかもしれませんが、ぼくから言えるのはこんなことくらいです。どうしてもトレンクルが気になる!ということであれば、大きめの自転車やさんには置いてあると思うので、試乗してみてはどうでしょう。親切な自転車やさんなら可能だと思います。

岩嵜博論



【34号】

日本茶を煎れるときにお湯を少しさましたり、紅茶のカップとポットをお湯で熱くしたりするなかに私は「形式」を感じたりします。

それと、見極め。お茶を煎れるとき、この見極める作業が大きな位置をしめている気がしませんか。

なにより茶葉の量を見極める。

紅茶なら、お湯が沸騰する一瞬前を見極める。
渋すぎず、薄すぎず、カップに注いだときにきれいな紅が出るときを見極める。

日本茶は、あと少し、もう少し、とお湯の冷め具合を、ミルクティーを煮出すときには「えぐみ」の出る一歩手前を、といった具合に。

「今だ」という瞬間を真剣に待ってしまいます。
見極めの瞬間は集中力と緊張感の頂点、そして上出来のお茶を前にほっと一息。この流れをつくることで、気分転換を図れるお茶の時間です。

これも一種の形式かしら?

お返事ありがとうございます。

確かに、お茶を飲むことによって、お茶に含まれる成分が体に作用してリラックスできるということと同時に、お茶を煎れるという作業自体にこそ気分転換の要素が詰まっているのだと思います。

その中でも、ご指摘のような時間の「見極め」が生み出す緊張と緩和は、一連の作業の中でもほどよい精神のストレッチになっているのかも知れません。お茶を煎れる作業は時間の配分によってその結果が大きく左右されるものです。長い間一つのことに集中していると、次第に集中力が続かなくなります。過ぎた時間ほどには能率が上がらなくなってしまうのです。そんなときに、お茶を煎れる作業を通じて短い時間の采配をすることによって、短い時間尺度から自分の中の時間の構成を組み立てなおすことができ、また元の長い時間の集中を取り戻すことができるのかも知れません。

岩嵜博論

自転車が好きです.63歳ですから初期のサイクリングブーム以来引き続き40年余乗ることになります.近年は交通行政の行き詰まりからか,自転車利用環境の見直しがされているようですが,2000年問題のような切迫感や真剣味が感じられませんね。最近は、電車に持ちこめる折りたたみ自転車に関心があります.自分自身の高齢化対策と交通手段確保が目的です.軽量,構造簡素、分解組立て容易,折畳時に小さい.こういうことを考えて情報収集中です.ですからこれをご縁に時々HPを拝見します、よろしく

いずむ

お返事をいただきありがとうございます。

私事で恐縮ですが、ぼくと自転車の出会いは今は亡き祖父をなくしては語ることはできません。自転車から補助輪をはずすときも祖父の特訓を受けましたし、なによりもあらゆるところへ自転車で一緒に行きました。買い物や散髪など、祖父と自転車で行動を共にするようになって、どんどん世界が広がっていくのを感じたのをよく覚えています。

幼いぼくと年老いた祖父は、年齢も経験も知識も考えていることもみんな違うはずなのに、自転車をこぐときのスピードは同じで、今から思うと、ぼくたちは自転車というツールを媒介にしてコミュニケーションしていたんだなあと思います。
自転車なら若男女問わずちょっと練習すればすぐ乗れるようになれます。しかも一人で乗っても楽しいし、大勢で乗っても楽しい。初めて会った人でも、一緒に自転車をこいで、スピードを合わせながら走ったりしたらすぐに友達になれそうな気がします。

岩嵜



【33号】

時間の同期について
へー、こんなこと考えているんだ。
時間の同期にたよるという結びはおもしろいですね。
で時刻について一言。
東西に広い中国は確か時差がなく、同じ時刻を使っている。北京の夕刻が西方の昼???
中央電子台のニュースは全国同時かな。

ということで
(1)時刻と空間、時刻と国家・・・日本時間が持つ意味
結局、世界共通時間化がすすむのかな。
(2)昼メシとか、夕方に帰路につくとか、明け方に出かけるとか、3時のおやつとか時刻の絶対値がもつ文化的な意味って、どうなるのかな。

これ、この時刻に書いているから、仕事時間ってことがわかりますね。そうです。暇なのです。
大橋です。

おおはしです

大橋さんお返事ありがとうございます。

(1)時刻と空間、時刻と国家・・・日本時間が持つ意味
結局、世界共通時間化がすすむのかな。

標準時の制定は、貨幣、度量衡とともに、国家成立のための重要な要素の一つだと思います。国家とは「想像の共同体」であると言った人がいますが、貨幣や度量衡など目に見えるものとは違い、時刻は実体がなく最も虚構性が高いものかもしれません。大橋さんがおっしゃってる中国の例をみても、もはや時刻が、日照時間などの自然条件によって規定されるものではなく、共同性創出のための手段でしかないことがわかります。

世界共通時間についてですが、Swatchという時計会社が、「ビート」という世界標準時を開発(?)して自社の時計に組み込んだりしていますが、浸透しているかどうかよくわかりません。このグローバルな世の中、他の時間帯の時刻と同期していることは重要ですが、一つの標準時に拘束されることに対しては抵抗感があるかもしれませんね。意外と、個別の時間帯というのが、グローバル化によって国家の枠組が無化しつつあると言われる中、潜在的な帰属の対象として残っていくのかも知れません。

(2)昼メシとか、夕方に帰路につくとか、明け方に出かけるとか、
3時のおやつとか時刻の絶対値がもつ文化的な意味って、どうなるのかな。

上にも書いたように、時間ってもはや自然の摂理とは関係ないのに、人ってどうしてっていうほど時刻に従順だと思います。とくに日本のサラリーマンは、 12時〜13時の休憩の時間に気持ち悪いくらいに同期してますよね。

「文化的」かどうかはわかりませんけど、西暦という時間システムの「ひとつ」がかもしだすミレニアムという雰囲気が、どれだけ多くの人の行動に影響を与えているかと思うとちょっと不思議です。時間が、政治意識とか、宗教意識とかといった古典的な共同意識をも超越していて、これほどまでに汎世界的かつ強力なものだとは思いませんでした。

岩嵜