[特集]
No.32  多文化を共に生きる
[写真]
鶴見小の校庭では、交流会の昼食準備
まち居住研究会発行「住宅事情往来」No.11より


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▼日本を開かれた社会に変えられるか?

読者の皆さんこんにちは、夢智子です。いよいよ1900年代最後の月を迎えました。ということは21世紀まであと1年とひと月。こういう節目には一度じっくり立ちどまって、つぎの世紀がどんな時代になるのか、また、どんな時代にしていきたいのかを時間的視野を広げてよく考えてみなくては…。そんなことを思っていた矢先、本屋の店頭で「21世紀事典」(ジャック・アタリ著・産業図書)というピッタリの本を見つけた。
アタリさんは、仏ミッテラン大統領の特別顧問を務めていたこともある経済学者。21世紀の展望をA〜Zのキーワードに整理してあって、内容もなかなか刺激的かつ挑発的だ。気になる「JAPON」の項を引いてみると、「21世紀のはじめの3分の1における完全な敗者である。破滅的な人口問題の動向、可動性がないこと、変革がほとんどみられないこと、産業と研究開発に情報工学、生物工学、航空学が欠如していることなどが問題だ。日本は外に向かって大きく扉を開かねば、没落を避けることができない」と厳しい見方がされている。アタリさんの予測すべてが正しいとは思えないが、「日本がこれまでのように閉鎖的なままなら没落する」というのは、明快な警告だと言わざるをえない。では、没落を逃れるために日本の社会を外に向かって開かれた社会にするには、いったいどうずればいいのだろうか。考えてみればみる程、これは容易ならざる問題だという気がしてくる。

明治以後の近代化の過程で、日本では同質性を高める政策が推し進められた。それが効果を発揮したのか、日本は世界的に見てきわめて民族的同一性の高い社会だと言われている。そして、こうした同質性の高さがあったからこそ、急速な工業化を達成することができたと主張する人たちもいる。この主張が正しいかどうかは別にして、これからの工業化以後の社会のあり方を考えると、同質的な大多数の人たちが群れをなし、異質な少数者を冷遇するような社会が発展性をもつとはとても思えない。21世紀に生き残る社会とは、異質な文化をもつ者同士が互いに認め合い、相互作用を通じてさまざまな可能性を創りだしていくような社会に違いない。そう考えると、日本の社会が「没落」に向かって突き進むつもりでなければ、非常に大きな方向転換をしなければならないことは明らかだ。
しかし、国際化だの、グローバル化だのと呪文のように唱えている人たちはたくさんいるが、彼らがこの方向転換の大変さをどれだけ理解しているのか夢智子としては大いに疑問なのである。
そこで、今回の特集では、在日外国人の増加にともなう文化摩擦の現状を例にとりあげ、そうした問題に真摯に取り組むことを通じて見えてきつつある「多文化を共に生きる」社会への転換の糸口を探ってみることにする。

▼ブラジル人だからとお客を追い出した宝石店

同質社会「日本」に「外国人」が増えてくると、そこにはさまざまなトラブルが起こる。そして、そういう摩擦に直面した時の日本人の多くは、つい短絡的な拒絶反応をとってしまいがちだ。その端的な例といえる出来事が浜松の宝石店で起きている。
「外国人お断りは差別。人種差別撤廃条約に違反 ―― 店側に賠償命令」(10月12日夕刊)。浜松市在住のブラジル人女性アナ・ボルツさんが、浜松市内の宝石店を訪れた際に、外国人であることを理由に退店を迫られたことに対し、宝石店経営者らに損害賠償を求めていた訴訟の判決である。この宝石店では以前に外国人によるとみられる窃盗の被害にあっており、店内には「外国人の入店お断り」の張り紙が掲げられていた。どうやらこの張り紙を指差し、さらに浜松中央署が作成した「出店荒らしにご用心」というビラを突きつけてアナさんを追い出そうとしたらしい。
宝石店では最近、手荒な窃盗の被害にあっており、その手口から外国人の窃盗団が組織的に活動していることも考えられるという。しかし、だからと言って、犯罪とは関係のない外国人のお客を追い出すというのは、どう考えても常識的な行動とは思えない。追い出された人はひどく侮辱されたと感じ、傷つくのが当然だ。アナさんは、訴訟を通じてこうした行為の不当性を訴えようとして弁護士に相談したわけだが、相談された弁護士も、日本にはこうした人種差別を禁じる法律がないことに気づいて唖然としたらしい。結局、国際条約の人種差別撤廃条約に違反していると訴えて、勝訴したのだ。
この判決は日本社会の外国人に対する排他性を示す例として海外でも大きくとりあげられている。たとえば、11月15日付のニューヨークタイムズ紙でも"Japan's Cultural Bias Against Foreigners Comes Under Attack"という見出しで報じられている。

▼増加する日系ブラジル人の里帰り

調べてみるにしたがって、この浜松の宝石店でのトラブルは、浜松や名古屋周辺の工業地帯でのブラジル人の増加にともなうさまざまな文化摩擦の一つであることがわかってきた。
民族的な同質性が高い国と言われてきた日本でも、実は定住する外国人は年々増えつつある。「総務庁統計局・統計センターの社会・人口統計体系」によれば、97年9月現在での外国人登録人口は約148万人。未登録者を含めると、現在では200万人以上に及ぶともいわれている。これは栃木県や群馬県の人口を上回る数字だ。また、ブラジル人の数を見てみると、(「日本の統計」の国籍別登録外国人数)90年を境に急増していることがわかる。

「アルク月刊日本語10周年記念企画 日本語教育の現代史」によれば、浜松市のある静岡県の外国人登録者のうち、何と55%がブラジル出身者だというから、その比率の高さは群を抜いている。日本全国で見ても、外国籍の在住者の中で、ブラジル人は韓国・朝鮮、中国出身者についで多い。ブラジルといえば日本から地理的に最も離れた国の一つ。なぜ多くのブラジル人がはるばる海を越えて、日本にやってくるようになったのか。
これはどうも1990年の「入国管理および難民認定法」(入管法)の改正によって起きた現象のようだ。日本は従来、「単純労働」に従事する外国人労働者の入国は認めない方針をとっていたが、バブル経済の最中にあった日本企業の現場では労働力不足が深刻であり、そこに目をつけたブローカーが不法に外国人を斡旋するといったアンダーグラウンドの労働者受け入れが横行するようになっていた。政府は労働力不足解消とこうした不法入国の取り締まり強化の兼ね合いのために入管法を改正、日系2、3世に限って就労に制限のない特別なビザを取得できるようになった。ブラジルではインフレが進行中の折りも折り、職を求めてやってくる日系ブラジル人が自動車関連などの工業地帯を中心に住みはじめたというわけだ。2代、3代前には大勢の日本人が移民としてブラジルに渡り、その地で育った子や孫の世代が今こうして日本に大挙してやってきているわけで、彼らの日本社会に対する思いにもさまざまなものが入り組んでいるに違いない。
浜松の宝石店を訴えたアナさんも夫が日系2世で1993年に来日したというから、こうした入管法改正に伴なって新しくやってきたブラジル人の一人なのだろう。

▼ブラジル人の多い団地での文化摩擦

こうして90年代に浜松市や豊田市など自動車関連の工業地帯ではブラジル人が急増し、次第にブラジル人が集住する地域ができはじめると、日本人社会とブラジル人との文化摩擦も派手な形で現れることになった。
なかでも豊田市の保見団地では、激烈な形で異文化の接触が起きた。豊田市の中心部から離れたところに位置する公営住宅「保見団地」は約1万1千人の住民を抱える巨大団地だが、そのうち約2千人がブラジル人だという。「住宅時事往来・11事例報告2 保見団地の日系ブラジル人」からは、保見団地の日本人住民の戸惑いと、ブラジル人住民となんとか折り合いをつけるための試行錯誤の様子が伝わってくる。
 保見団地でも、やはり新入管法施行に伴い、92、93年ごろからブラジル人世帯が急増したようだ。当初は、ゴミの出し方や自治会便りをポルトガル語に訳したり、お祭りでブラジル料理の屋台を出すなど、住民同士の関係は比較的良好だったらしい。しかし、その後さらにブラジル人が増えるにつれ、「違法駐車が多くなったりゴミ出しが守られなかったり、 ベランダでバーベキューをしたり、夜騒ぐなど」の問題が目立ちはじめたという。
さらに、今年の6月には保見団地のブラジル人住民と右翼・暴走族関係者が対立し、警察まで出動する騒ぎがあったそうだ。保見団地に住む日本人の主婦による「きまぐれ絵日記 きまぐれデジカメ日記」には、こうしたトラブルに日々直面する日本人住民としての苦々しい感情が日記形式でつづられている。日本人住民たちの多くから、ブラジル人たちはルールを守らず、騒々しく、いろいろと悶着をおこす困った連中だというように見られている。きまぐれデジカメ日記に書かれているように、日本人の住民たちが「早くお金を貯めて保見団地から逃げ出すのが一番!」という気持ちになるのもわからないではない。

▼異文化接触を見る外からの視線

しかし、このブラジル人と日本人との異文化接触を、日本人社会の側からだけではなく、外側からの視線で見るとどう見えるのかを知る必要がある。 そういう意味でとても示唆に富んでいるのが、カレン・テイ・ヤマシタさんの「Kの円還/Cafe Creole」だ。カレンさんはカリフォルニア生まれの日系三世の小説家。人類学の調査のために渡ったブラジルで知り合ったブラジル人と結婚、そのまま9年間をサンパウロで過ごし、その後一家でロサンゼルスに移り住むが、97年から半年の予定で今度は愛知県瀬戸市に住み始めたという異色の経歴を持つ女性だ。「Kの円環」では、日系アメリカ人であり、ブラジル人の夫と子どもを持つというハイブリッドな背景をもつ彼女の目を通して、日本社会の矛盾や日本で始まっている異文化との遭遇の様子を冷徹かつユーモラスに、そしてやや挑発的に描き出していく。
これを読むと、奔放なブラジル人の行動が、かなりシュールな異文化混交を日本社会の中に生み出してしまうことがわかる。たとえば岐阜県にある小さな肉屋の例。この肉屋がオーストラリアからの輸入肉の安売りチラシを出したところ、数人のブラジル人が買いにやってきた。次の週も彼らはやってきて、今度は作業台の上にあった肉の切れ端を売ってくれるよう頼んだ。その切れ端は日本人が買っていった上等の肉をとったあとの売り物にならない固い部分ばかりだったが、彼らは喜んで持ち帰った。やがてブラジル人たちは定期的にやってくるようになり、店の脇の空き地でバーベキューをはじめ、肉を焼きながら歌を歌い、踊りはじめた。肉屋は日本人向けの高級な肉を売るのをやめ、ブラジル人相手にオーストラリア産の安い肉を供給する商売に転じてしまった。店内にはブラジルの食料が置かれ、空き地は本格的なシュラスコ屋へと化した。
面白いことにこの店の主人は日本人で妻はコリアン。つまり日本人とコリアンがオーストラリアの肉を買い、それを日本に住むブラジル人に供給しているという、まさに日本におけるクレオール状況の愉快な一例といえる。

また、カレンさんの視線を通して見ると、「ブラジル人は決まりを守らない!」と日本人の顰蹙を買っているゴミの問題も違った様相をおびる。
「マル・ゴミ」と題された日記形式のエッセイは、「ゴミ」という概念のとらえ方の違いを浮かび上がらせる。例えば、日本では引っ越すやいなや、まずお隣さんからゴミの出し方についてのレクチャーを受ける。そして「規定のゴミ袋を使用しなければならない」「燃えるゴミと燃えないゴミは別々の日に出さなければならない」などゴミ出しのルールはいたって細かい。これを守らなければ、地域住民として認められないといっても過言ではない。
しかし、ブラジル人の側から見て奇妙なのは、日本人がこれほど神経質なまでにゴミ出しルールにこだわるくせに、まだ使えるものを大量に捨て、ゴミを増やすことには平気であることだ。ブラジル人にとっては日本のゴミ置き場は宝の山で、まだまだ使える電話や電子レンジ、コタツ、テレビなど高価なものがたくさん捨てられている。それを目当てに夜な夜なゴミ置き場を偵察に行くガイジン部隊も多いという。また、まだ十分に新しくて使える車が、日本ではスクラップ屋に送られてしまうというのも不思議なことに見えるそうだ。

▼ルールについて考え方の大きな違い

さらに、保見団地で激烈な形で現れてしまっている日本人とブラジル人の文化摩擦を考える上で、とても重要な指摘がカレンさんの「サークルK ルール集」にある。日本のルールが生活の細部にわたって細かく、押し込め・閉じ込め型なのに比べ、カレンさんのあげるブラジルのルールは「すべてのルールは破ることも回避することもできる」「ある状況を巧く利用したからって、別に泥棒だというわけではない」といったように臨機応変で、余計なルールに束縛されるのを嫌う。つまり、ルールについての感じ方、考え方がまったく違うのだ。
カレンさんは、保見団地のポルトガル語の看板やチラシに書かれた事細かなルールを引用しているが、これらは詳細に生徒の行動を規制する学校の校則を思い起こさせる。保見団地のルールは「日本人の集団の同質性に適応し、異端視されないためには、このルールに従いなさい」という性格をもっているといえる。しかし、「日本に住みたいならルールに従いなさい」と一方的に押しつけても、とても上のようなブラジル人のルール感と噛み合うはずがないだろう。しかも、日系ブラジル人たちは勝手に押しかけてきたわけではなく、日本経済が労働力を必要としたために受け容れているのだから、日本社会の側が、彼らにとっても生き生きと暮らせるような環境づくりを工夫するのは当然のことである。
実はここに、「日本の社会を開かれた社会に転換する」にはどうすればいいのかという問題を解く大事な手がかりが含まれているのではないだろうか。つまり、「郷に入らば郷に従え」といった具合に、日本人のコミュニティのルールを押しつけるのではなく、異質な文化をもつ人たち同士が互いに他者を認めあって、相互作用を通じて豊かな可能性を創りだす社会にしていくための新たなルールを見つけだしていくことこそ必要なのだ。

▼在日外国人の子供たちの学ぶ環境

では、日本人とブラジル人の異文化コミュニケーションを可能にする新たなルールづくりのための糸口は一体どこにあるのだろうか。これもなかなかの難題である。考えこんでいて、ふと思い浮かんだのが、ブラジル人の増加に伴なって同時に増えつつあるブラジル籍の子供たちの問題だ。ブラジル人の子供たちの育つ環境、学ぶ環境を日本社会がどのように提供しているのか、あるいは提供するのがいいのかを彼等/彼女等の身になって考えてみること。それと日本人の子供たちの育つ環境、学ぶ環境のつながりを考えてみること。ここに広く「多文化を共に生きる社会」への転換を考えるヒントがあるのではないかと思う。

浜松市の在住ブラジル人についての1996年調査によると、家族構成は、「夫婦と子供」が18%、「祖父母を含む大家族」が9%となっているから、4分の1くらいの世帯には子供がいることになる(「武生市/在住ブラジル人生活実態・意識調査」)。また約3分の1の人が「日本によい仕事があり、受け入れがよければ日本に定住したい」と答えており、一時的な出稼ぎ意識ではない人たちもかなりいるようだ。

そして、学齢に達すると日本人の学校に通うことになる子供も多いわけだが、ブラジル人の学校教育に関する悩みとして、子供をもつ世帯の約6割の人が「授業についていけない」と答えている。家庭での会話には主にポルトガル語を使用している家族が多く、その家庭の子供が日本人の学校に通って日本語の授業を受けた場合、ついていくのが大変なのは当然のことだ。何とかブラジル人の子供たちに対する支援の仕組みをつくらないと、彼らは日本の学校社会の中でのけ者にされてしまうのではないか。

こうした事情にある外国人の子供たちに対する支援の仕組みがどうなっているのか、豊田市や浜松市などについては、インターネット上ではあまり知ることができなかったが、さいわい、やはりブラジル人をはじめとする中南米出身者が増えている横浜市での動きを、(財)横浜市海外交流協会の主催による日本語ボランティア・シンポジウム「くらし・ことば・つながり」が具体的に伝えてくれていることがわかった。
「横浜における日本語教育の概要」によれば、市としては、外国籍児童生徒が多く在籍する学校への国際教室・担当教員の設置や日本語教室の実施、巡回指導といった活動を行なっている。その他、横浜市内には日本語ボランティア団体が35団体あり、こうした民間支援団体が外国人児童生徒の日本語教育をフォローしているようだ。しかし、分科会1「子どもたちの現実から学ぶ ― 学校・地域から ― 」で報告されているように、日本語教室へ通ったり巡回指導を受けられるのは運のいいほんの一部の子供だけで、全体的には外国人の子供への日本語指導は何も手がつけられていないに等しいという。例えばある外国人の中学生は、日本語がわからない自分が学校で迷惑をかけないために、じっと黙って教室に座っているといった話もあるし、言葉がわからず授業についていけないためにいじめにあったり、登校拒否になったりと問題は山積しているのだ。

▼在日外国人の母語による学習の保障

しかし、外国人の子供たちに対し、日本語の教育、日本語による教育の環境を提供するだけでは不十分である。というのは、ブラジル人の親にはやがてブラジルに戻ろうという人もいるし、また、日本で長く暮らしたいと思っている親でも、子供にブラジル人としてのアイデンティティを持ちつづけてほしいと考えている場合が多く、ポルトガル語の教育とポルトガル語による教育の提供を望む声も強い。こうした面で、学び方の多様な選択肢を子供たちに提供することが必要になる。
分科会4「生活とことば ―“多言語ややさしい日本語”による情報提供の試み ― 」の参加者の一人で、区役所で外国人登録窓口の国際サービス員をしているスウェーデン出身の斉藤セシリアさんが、スウェーデンにおける移民者への言語教育のサポートの現状を語っている。
スウェーデンは、統合が進むヨーロッパの中でも最も開かれた移民政策をとっているといわれる。スウェーデンの移民政策は、第1に移民者とスウェーデン人両者の平等を目指すこと、第2に移民者が自分たちの文化を自由に選択する権利を認めること、第3にスウェーデン人や少数民族、移民の人たちの連帯を作り出していくという考え方を基本にしている。例えば居住許可のある移民者に対しては公共教育機関によるスウェーデン語教育と母語サービスが保障され、政府の費用でスウェーデン語を学べることになっている。さらに職場では言語学習のための休暇制度も認められているという。セシリアさんによれば、外国人がバイリンガルであることは彼ら自身にとってだけでなく、スウェーデン社会全体にとっても有益なことというのがスウェーデン政府や国民全体の見解であり、母語教育はすべての移民の子供に対して保障され、対応言語は126カ国語にも及ぶというのだ。
こうした多様な学びの環境を提供するということは、コストの面からいっても大変なことだが、文化の多様性をつくりだすことはそれだけ価値のあることだという確信がスウェーデン社会では共有されているのだろう。
他方、日本では労働力が必要なこともあって在日外国人が増えているが、文部省は今のところ、在日外国人の子供たちに母語教育の環境を提供しようという積極的な姿勢にはなっていないようだ。そのような状況下での神奈川県内の母語教育への取組みについては、「多様な言語背景をもつ子どもの母語教育の現状 ―「神奈川県内の母語教室調査」報告 ― 」にまとめられている。これを見るとポルトガル語については、ボランティアによる母語教育の教室が5つある。
十分な体制にあるとは言い難いが、自発的なグループが自分たちにできるところから在日外国人の子供たちを支える活動を進めていることがわかる。

▼多文化学習のネットワークづくり

横浜市のシンポジウムでは、日本語指導と母語教育の重要性とともに、それを円滑に行なうための、ボランティア団体や学校、行政のチームプレイの必要性も強調している。具体的には、まず第一に子供たちの直接の受け皿となる学校が開かれ、ボランティアと連携していくこと。そして、小学校、中学校、高校、大学のすべての学校同士がネットワーク化されること。さらに、そこに行政も積極的に関わり、学校、ボランティアと協力していく体制が不可欠だということである。
残念ながらというか、やはりというか、一番遅れているのが行政との連携らしい。例えば、日本語ボランティアが学校に入って活動できる制度は横浜市にはまだなく(川崎市にはあるそうだ)、現状では市の教育委員会には報告せずに学校の自由裁量で行なわれているのが実態だという。
また学校も相変らず閉鎖的で、例えば高校の場合「相応の学力があれば受け入れますよ」といった状況。結果的に、日本語力が不十分な外国人生徒は、底辺校と差別用語で呼ばれる「低学力」の高校に集まることになる。「分科会1」では、実際に外国人生徒を抱え、交流会を実施したり、カリキュラムに母語をとりいれるなど、具体的に学校をどう開くかという問題に取り組んでいる横浜市鶴見区の県立高校教諭が登場している。彼は「学校と地域ボランティアのつながりは可能か」との質問に、「可能か可能でないかではなく、学校は開かれなければならない。------- むしろ地域がどんどん学校に働きかけて、開かせることが必要だ」と答えている。
一方、同じ鶴見区で、学校とボランティアのタイアップにより外国人の子供を支援していこうという試みが実際に行なわれている。外国人の子供の問題で個別に悩んでいた鶴見区の小中学校の教師たちと地域のボランティアが集まり、1993年に「外国人児童生徒保護者交流会」が組織された。教師やボランティア同士の情報交換のほか、今では外国人の保護者や、外国人高校生などもスタッフに加わり、ポルトガル語やスペイン語講座を開いて母語教育のサポートを行なったり、地域の日本人の子供たちや教員との交流をはかっている。その活動の一例は「沖縄にルーツを持つ日系南米人コミュニティ―横浜市鶴見区」で紹介されているが、小学校のグラウンドでブラジル料理のシュラスコを焼いたり、南米の民族衣装を着た子供たちがスペイン語の歌や踊りを披露するなど熱気あふれる交流プログラムのようだ。この交流会の主催は鶴見区国際交流事業推進委員会。まさにこの鶴見区の活動は学校と地域ボランティアの連携に行政も加わった三者ネットワークの好例といえるだろう。

このように、外国人の子供の問題に着目した時に見えてくる、子供たちを取り巻く学校、地域ボランティア、行政のあるべき姿は、そのまま日本という国全体とそこにやってくる外国人との関係に当てはめて考えることができる。つまり、シンポジウムの発言を借りると、「外国籍の子供たちが生きやすい社会は日本の子供たちも生きやすい社会であり、私たちも生きやすい社会」のはずである。そして、国のシステムが大きく変わるのを期待していては多分何も始まらない。「行政が動かないなら自分たちで動いて実績をつくる」「地域で自分たちでまず基盤をつくる」ことで、これまでの同質化ばかりを重視する日本社会を大きく方向転換させられるのかもしれない。

最後にまたジャック・アタリ氏の著作から21世紀のキーワードを一つ。
『「友愛」…友愛とは、すべての他人は兄弟であるということ・・・』
人間が自ら拒むものは何であろうと他人には課さないことが望ましいということを認識することであろう。(中略)例えば他人を知り、特別なさまざまなグループをつくり、連帯を生み出し、階級的なやり方ではなく、ネットワークにおいて社会を考え、人間と人工産物(人間の制作物?)の間の新しい境界を発見して、線を引いたりする機会を大いに増やすことなどである。

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