[特集]
No.33  熱帯雨林 / オランウータンと共生のネットワーク
[写真]
果実の王様ドリアンを食べる野生の
オランウータン
(井上豊/オランウータンの森より)


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「ねぇ、ボルネオに行かない?」
春休みに行く海外旅行の相談をしようと、ユカリと潤子、それに私(ミドリ)の3人で集まった夜に、突然ユカリが言い出した。
「ボルネオ?なんでまた。ユカリはニューヨークかロンドン、パリあたりの大都市がいいって言ってたじゃん」と潤子。
「ボルネオってどこ?そんなとこで何するの?」と私。
なんでも、ユカリ曰く、どうしても野生のオランウータンに会いに行きたいのだとか。
その説明によると、オランウータンはボルネオ島とスマトラ島の北部にある熱帯雨林の森に棲んでいて、熱帯雨林の乱開発や97年に起きた大規模な森林火災で棲む場所を奪われてしまったり、それに赤ちゃんがペットとして高値で取引されているため密猟で一緒にいる母親が撃ち殺されるなど、とにかく散々な目にあわされているそうだ。そしてボルネオには、焼け出されたり傷を負ったオランウータンや、迷子の赤ちゃんを保護してまた野生に返す施設がある。今度の旅は、その保護センター訪問と熱帯雨林探検をテーマにしたい、というのがユカリの構想らしい。
なんだかわからないが、とっても熱心に潤子と私を口説きにかかる。
「熱帯雨林ねぇ・・・」思っても見なかった提案に戸惑う潤子と私。
とりあえず2、3日考えて、後日最終決定をすることにした。

そういえば熱帯雨林に関するニュースはよく耳にするけれど、熱帯雨林に行こうって突然言われても、具体的なイメージがわかない。どこか実態が漠然としていてあいまいだ。でも、さっきユカリに聞いたかわいそうなオランウータンたちの話はちょっとショック。あんまりにも未来が明るくないじゃないか・・・。

よし、今月はオランウータンの住む熱帯雨林がどんな森なのか調べてみることにしよう。そしてもっとリアルに森の様子を感じられるようになれば、オランウータンや熱帯雨林の今後について考える第一歩になるかもしれないぞ。だいいち、熱帯雨林がどんなところなのか知らずに行っても、意味ないもんね。まずはしっかり調べて、ユカリより詳しくなっちゃえ!

▼ユニークで個性的な熱帯雨林の生き物たち

早速「オランウータン」をキーワードに調べてみると、いろんな表情のオランウータンに出会えた。果実の王様ドリアンを食べる野生のオランウータン(「オランウータンの森」)や、ボルネオ島のマレーシア領サバ州にあるセピロクオランウータンリハビリテーションセンターに保護されているオランウータン(「セピロック・オランウータン保護区」「保野濃子のページ・オランウータンの部屋」)それに有名な女性の学者ビルーテ・ガルディカスさんが設立したオランウータン保護のための『オランウータンファンデーション・インターナショナル』の活動の様子(「オランウータンを火事から救う(1/2) 」)なんかがすぐに見つかった。オランウータンはマレー語で「森の人」という意味で、ボルネオ島にはボルネオオランウータンが、そしてスマトラ島にはスマトラオランウータンがそれぞれ暮らしているそうだ( 「LiFE JOURNEY 第14号/オランウータン」)。いつも樹上で生活しているだなんて、ミドリは今まで知らなかった。地上に下りることはほとんどなくて、枝から枝へと移動するのが得意だそうだ。

もう少し詳しい説明が『オランウータンの生態』『世界の絶滅危惧・希少動物/アジア・ヨーロッパ・ オランウータン』にあった。驚いたことに食物の約60%は果実で、ドリアンのほか、ランブータン、パンノキ、ライチ、マンゴスチン、マンゴー、イチジクなどいわゆるトロピカルフルーツを主に食べているそうだ。広い森の中でも、とても上手に果実を見つけるそうで、その方法というのが面白い。サイチョウやハトなど自分と好物が同じ鳥の動向を見ていて、そのありかを推理したりする賢いヤツなのだ。果実のほかには葉、樹皮、昆虫なども食べる。
フルーツが主食なんて、ちょっと栄養のバランスが心配だけど、こっちで食べようと思ったら決して安上がりじゃないトロピカルフルーツをしょっちゅう食べてるなんて、ちょっとうらやましい気も。調べてみたら、トロピカルフルーツは今までミドリが知っていた種類なんてほんの一握りで、変わった形や色のものがたくさんある。『熱帯の果樹資源』を見ると、ドリアンも相当に見かけの変わった果物だけれど、それに負けない奇妙な果実がいっぱいだ。
奇妙と言えば、オランウータンの果実探しの相棒(!?)をつとめる「オオサイチョウ」も写真を見てびっくり。南アジアの熱帯雨林を代表する鳥だそうで、全長が1m14cmもあり、頭の上にくちばしに似た大きなコブをつけている。思わず実際にナマで見てみた〜い、と思う風貌だ。しかしこちらもオランウータンと同様に世界の絶滅危惧・希少動物に名前があがるほど個体数が少なくなってしまっている(『世界の絶滅危惧・希少動物/オオサイチョウ』)。オオサイチョウの写真は、『動物を追って』「ボルネオ」のコーナーでも見つけた。ここにはほかにも、てんぐ猿やレッド・リーフ・モンキー、シビット・キャット、猪、かわうそ、山リスなど、オランウータンと共に熱帯雨林に住む仲間達を見ることができる。
そして熱帯雨林の住人といえば、忘れてはならないのが昆虫だ。『海野和男のデジタル昆虫記』には、アフリカ、マレー・熱帯アジア、オーストラリア、中南米の熱帯雨林にいる昆虫たちの写真があり、どれもみなカラフルで、見ていて楽しい。こちらもなかなかユニークな形態ぞろいで、花や葉や苔に似せて擬態をしている昆虫もたくさんいる。

なんだかオランウータンの森がどんどん賑やかになってきたぞ。それにしても、果実も、昆虫も、鳥も、動物も、みなユニークなものばかり。どうして熱帯雨林には、こんなにも変わった生き物たちが多いんだろう?こーんなに多彩で個性的な生き物たちがたくさん住んでいる熱帯雨林って、何か特別な森なのかな?そうだ、そもそもオランウータンの棲む熱帯雨林がどんな森なのか、気候条件や特に木の様子なんかを調べてみることにしよう。

▼植物も動物もケタ違いに多様な森

まずは気候条件から。熱帯雨林と言えば読んで字のごとく、熱帯の気候で雨がたくさん降るところに違いない。『Virtual Museum1F 地球,生命と大地 世界の森(その4)』に、熱帯雨林は「一年を通じて赤道気団に支配された地域(月平均気温25度以上、月降水量100mm以上)に成立する」と書いてあった。雨が月に100mmと言われても、日本が世界でも比較的多雨な場所(年間の降水量がだいたい1000〜1500mmくらい)だから、そんなに多いという気はしないなぁ。でも、どうやらこれは日本であれば梅雨などの時期にまとめてたくさん降る雨が、熱帯雨林ではほぼ1年間を通じてまんべんなく降っているということのようだ。
『過去と現在の森林の分布状況』を見てから、『野上道男のVirtual Labo/東アジアにおける植生指標の季節変化』にある「月降水量:アフリカ」「月降水量の季節変化(東南アジア)」を見ると、世界最大の熱帯雨林が広がるアマゾンや、ボルネオ島、スマトラ島のあたりなどはほぼ一年を通じて月に100mm以上、多いときには500mm近い雨が降っていて、こういうところに熱帯雨林があるのが、わかる。気温の高さと降水量の多さが、植物の生長量が多い森のできる条件ってことなんだろう。

それにしても驚くのは木の種類の多さだ。『中学生新聞・みんなのサイエンス/熱帯林のメカニズムに注目』によれば、東南アジアの熱帯林では1ヘクタール当たりに200種類を超える樹木が生育しているという。一方、日本の温帯林は多くても20〜30種類に過ぎないというから、その多様さたるや段違いだ。きっと生長量が多い森という条件があってこそ、こんなにたくさんの種類の植物が育つに違いない。
そして、熱帯雨林の生き物全体についても、その多様さに思わずビックリしてしまう話を見つけた。現在まで人間が把握できている動植物種はおよそ200万種類。
でも熱帯林にはまだ記載されていない昆虫類が1000万〜3000万種も生息しているという推測があって、これらの種をやや低めに見積もって計算しても世界中の生物種の9割以上は熱帯雨林に集中しているというのだ(『半島マレーシアの熱帯雨林の鳥類群集−熱帯林の生物多様性を考える−』)。
面積でいえば、陸地の約一割にしかすぎない熱帯雨林に、生物の種の約90%が暮らしているかもしれないなんて、ね、ビックリするでしょ。
ちなみに鳥類については世界中におよそ9000種の鳥類がいて、このうちの半数が熱帯林に生息。日本で繁植する陸鳥は北海道から沖縄までを含めても152種類しかいないけれど、最も多様性の高いアマゾン川流域ではたった250km2の地域(新潟県上越市と同じくらい)に816種もの鳥類が繁殖しているのだそうだ。どうやら熱帯雨林の生物の種の多様さは、地球上の他の場所とはケタ違い、いや、もはやケタも分からないくらい違うってことみたい。

変わった生き物が多いと言うのも、この種の多様さと関係があるのだろう。 でも、いまひとつ分からないのは、多様さの意味だ。いったい「森の多様な生き物たち」が、どんなふうに関係しあっているんだろう?

▼高さはビルの約20階分。多重構造の森

とにかく、熱帯雨林の様子をもっと具体的に知ることができるサイトを探してみることにした。すると、『HARMONY vol.12/熱帯雨林の構造と種の多様性』に、熱帯雨林の森の構造を示す図を見つけた。マレーシアのグヌン・タハンという森林を横から見たところで、解説によれば、50メートルを超すような高い木の巨大高木層、30から40メートルに達する大高木層、15から25メートルの小高木層、5から10メートルの低木層と草本層(地表層)と、樹木の高さによって森が5層になっていることがわかる。高木層から更に抜け出したような巨大高木層は熱帯雨林の特徴的な存在で、フタバガキ科やマメ科の植物だそうだ。最近のビルは1階分の高さが約2.3mだというから、一番高い木はビルの20階分ぐらいの高さといことになる。スゴイ!
また、反対に一番低い草本層でよく見られるのは、ヤシ科やサトイモ科の植物、シダ植物などだそうだ。

『低地フタバガキ林』では、それぞれの層の様子を写真で見ることができる。また、『ボルネオの森林 』は、森の構造を上層部・中層部・下層部に分けて解説していて、特に中層部、下層部の様子が詳しくわかる。
突き出た高木の下にある中層部は、高さ15〜60メートルくらいのところで、樹木の葉が重なりあい”互いに連続している”状態になっているそうだ。なるほど、オランウータンが地面に降りず樹上生活を送れるのも、木から木へ枝を伝って水平に移動できるこの連なりがあるからなんだ。中層部にはいたるところに木性のつる植物が見られ、直径が20cm以上にもなって、先端がさらに上層の林冠に達することもあるという。幹や枝にはつる植物や締め殺し植物とよばれるイチジクの一種などがからみあっていて、かなり閉鎖した空間だそうだ。そういえば『オランウータンの生態』にオランウータンは40〜60フィート(12m〜18m)のところに巣をつくると書いてあった。林冠部で葉の付いたままの細い枝をいくつもたぐり寄せて、自分がすっぽり入れるくらいの器状(または球形)の新しい巣を毎晩つくって、そこで寝るという。木の上でも落ちずに寝られるのは、そもそもこういう枝や葉が密集した場所だからなんだろう。

▼中層部に絡みつくいろいろな植物

ところで、この層で面白いのがイチジクの一種の絞め殺し植物や、ランやパイナップル科などの着生植物の様子だ。絞め殺し型のイチジクの種子は、その実を食べた鳥やコウモリに運ばれて、別の木の梢にたどりつく。そして木の又などで発芽して、宿主の木にからみつきながら成長し、ついには宿主の木を枯死させてしまうのだそうだ。『森の贈り物/樹木図鑑・ガジュマル』には、鹿児島県の屋久島にあるイチジク属のガジュマルの写真がある。これを見ると、次第に枝を茂らせ寄主をつつむようにして絞殺するというイチジク属の絞め殺し植物の迫力が伝わってくる。熱帯雨林のイチジク属の木は、ミドリが裏庭で見るような庭木タイプのを想像してしまうとちょっと違うみたいだ。いろんなオランウータンのサイトで食べ物のところにイチジクの名前が挙がっているので、おそらくオランウータンがトロピカルフルーツの中でもよく食べる果実なんだと思う。
そして、こちらも注目したいランやパイナップル科などの着生植物は、日当たりのよい木の幹や枝に固着して育つそうだ。着生殖物が寄生植物と違うところは、宿主にただくっついているだけで、養分を貰ったりしていないところ(「農業・園芸用語集」)。着生植物は栄養のほとんどを粉塵(ふんじん)、動物の糞(ふん)など木に付着したり窪みにたまった物質からとっているそうだ。ということは、こうした植物は地に足(根)がついていないってこと。何も地面から養分をとらなくても生きていける環境が、地上何十メートルもの高さのところにできあがっているってわけだ。イチジク属には、この着生植物のタイプもいるらしい。
では、地面にごく近い場所はどんな様子かというと、中層部に樹木の枝や葉がしげっている部分が連続していて密生しているため、日光はほとんど最下層の林床までとどかないのだそうだ。その量は上層の林冠にふりそそぐ光のうちたった1%だけだとか。だから森林の最下層には、日陰にたえられる種類の植物だけが生えていて、中層部のようにいろんな植物が複雑に絡みあっている訳ではない。

なるほど、植物の多様さの中身がだんだんわかってきたぞ。そういえば、前に読んだ『半島マレーシアの熱帯雨林の鳥類群集−熱帯林の生物多様性を考える−』では、熱帯雨林の鳥類が多様な理由にのひとつに「森林の構造の複雑さ」をあげていたっけ。多様な木がつくり出す多重構造が多様な住みかや餌を鳥類に提供し、温帯にはない特殊化した生態をもつ多様な種の存在を可能にしている、と考えられているそうだ。熱帯雨林の多重構造が植物の多様さ、動物の多様さをつくり出す大枠のひとつになっているってわけだ。

▼花粉を仲間に届ける被子植物の戦略パターン

と、ここまでは森を垂直方向に見てきたけれど、では水平方向に見た場合、森の多様性はどんな風になっているのだろう?そう思っていサイトを読み返してみると・・・。さっきの『ボルネオの森』の中にこんな解説があった。熱帯雨林では、植物の種のほぼ70%は木であり、1ha当たりおよそ80〜200種。しかし、1haの森林に同一の種は1、2本しかみられないことが多いというのだ。東京ドームのグランドが13,000m2、つまり1.3haだからその広さの中に同じ種類の木が1本か2本しかないってことだ。植物が子孫を残すためには花粉が雄花から雌花へと運ばれる必要があるわけだが、そんなに離れた仲間のところに花粉を確実に運ぶのは、なかなか難しいんじゃないかな。一体どうやって熱帯雨林の木は、この課題を解決しているのだろう?
その謎を解くカギが『生物多様性を探る・井上民二のまなざし』のなかの「虫に頼る裸子植物」にあった。なんとサラワク州・ランビル国立公園の熱帯雨林にある1100種もの樹木はみんな花を咲かせる被子植物で、針葉樹林は一本もないというのだ。調査したすべての樹木が、何らかの動物に送粉(花粉媒介)を依存していたそうだ。
被子植物といえば、花粉を虫などの動物に運ばせる戦略をもっている。花から花へ渡り歩く昆虫などに花粉を運ばせれば、風に運んでもらう裸子植物に比べて、花粉がきちんと花に届く確率が高くなる。そのために、被子植物は蜜を提供したり、休息場所や交尾の場所を提供したり、識別しやすい色や形の花にしたりして、昆虫などを呼び寄せて、花粉を運んでもらおうとしている。
そして『虫媒花:花の対虫戦略』の言い方を借りると、被子植物がとる戦略には、いろいろな種類の送粉者を幅広くひきつける「デパート型」と、特定の送粉者だけ絞り込んでサービスを提供する「専門店型」の2つがある。
熱帯雨林でも、さまざまな種類の植物の花が、ある時期に同調して開花していて、これは「デパート型」の戦略と対応しているようだ。同じ時期に昆虫も、たくさんの種類が成虫になって飛び回る。この「デパート型」の戦略は、それほど植物の種類が多くない森の被子植物も、普通に採用している戦略だ。
しかし、東南アジアの熱帯雨林では、年に1〜2回、いろいろな植物が似たような時期に開花するのに加えて、2年〜8年に一回、より多くの種類の植物がほぼ同時期に開花する「一斉開花」という現象が起きる。これは「デパート型」の戦略が熱帯雨林において独特な形で発展した複雑な現象のようだ。
他方、極端な形で「専門店型」の戦略をとっているのが、イチジク属の植物とイチジクコバチの共生関係で、イチジク属の植物は、それぞれの種類ごとに特定の種類のイチジクコバチだけに利益を提供して、送粉をしてもらうしくみをつくり出している。送粉者のイチジクコバチは、自分たちに利益を提供するイチジク属の植物だけを探そうとするから、同一種がかなり離れた場所にいても花粉を運んでもらえる。こうした徹底した「専門店型」の戦略は、植物の種類がとても多い熱帯雨林の森で初めて生まれてくる手の込んだ方法だろう。このイチジク属とイチジクコバチの戦略は熱帯雨林に合っていたようで、その証拠にイチジク属は熱帯雨林で大いに繁栄し、とてもたくさんの種類のイチジク属の植物が熱帯雨林には生えている。

▼イチジクとイチジクコパチの特化した共生関係

イチジク属の徹底した「専門店型」の戦略を少し具体的に調べてみよう。
イチジクは漢字で「無花果」と書き、「花がないのにつく果実」のように見えるけれど、実際には花がない訳ではい。成熟前の果実にあたる花嚢の内側に花が入っていて外からは見えない奇妙な構造になっているのだ(『中之島の森:果実』)。花に到達するには、花嚢の入口を通らなければならないが、この入口の部分が特定の種類のイチジクコバチだけを通過させる鍵になっているそうで、驚くことに頭部がこの通路をこじあけられるようなくさび型になっている種類のイチジクコバチしか中に入れないのだそうだ(『大田花きレター』「1997/7/15号・銘柄研究」)。ある種類のイチジクの花嚢の入口を通過できるのは特定の種類のイチジクコバチだけ、というようにチェックのしくみが徹底している。
こうして入口を通過して花嚢の中に入ったコバチの雌は、雌花の柱頭から子房に卵を産みつけようとするが、柱頭の長さによって産卵できるものとできないものがある。コバチが卵を産みつけた子房は、コバチの幼虫が育つ時に食べられてしまう。雌花の柱頭が長く、コバチが卵を産めないような形になっている子房はコバチが運んできた花粉で受精して種子ができる。つまり、子房のあるものはコバチの幼虫の餌になり、あるものはイチジクが自分の子孫を残すための種になるような設計になっている訳だ。
子房を食べて大きくなったコバチは果実の中で交尾して、雄はそのまま死んでしまうが、雌はコバチの到着を待っている同じ種類のイチジクの花嚢を探して飛んでいき、その際にイチジクの花粉も運んでいく。
『生物学における共生の概念』にあるイチジクをめぐる生物の相関関係図をみると、実は同じコバチでも送粉せず、花嚢の外から管を刺し、産卵だけをしようとする寄生コバチというのがいるのがわかる。イチジクとイチジクコバチの共生関係も、もとはと言えば、イチジクが寄生コバチとの関係を変形させて特定の種類のコバチを送粉者として利用するようになったものらしい。それだけでなく、イチジクは表面にアリのえさを分泌し、寄生者を撃退するためにアリを引き寄せて、アリとも共生関係を結んでいるのだ(「花粉媒介するハチ」)。敵であるコバチを送粉者として味方につけたり、寄生コバチを排除するために敵の敵であるアリと仲良くしたり、植物と虫の戦略は想像以上に複雑で、ホントに驚いてしまう。

▼いつでも食べられるイチジクの果実

ところで熱帯雨林では、イチジク属以外は「デパート型」の戦略をとる植物が多いために、ある時期にいろいろな植物がほぼまとまって開花する傾向が強い。そのためオランウータンが好むほとんどの果実が実る時期は集中することになる。そうなると、果実を主な食糧とするオランウータンや鳥たちは、それ以外の時期には食べ物があまりないという困った事態になってしまう。
ところが、オランウータンたちにとって好都合なことに、イチジク属は「専門店型」の戦略が成功して熱帯雨林で大いに繁栄しているから、あちこちにあって、しかも開花や結実の時期をバラバラにしているので、年中どこかで果実がなっている。これは、イチジク属の植物が共生するイチジクコバチのライフサイクル(数週間)にあった周期で、常にコバチが産卵できる状態(入り口が開いている状態)の花嚢を用意しているためで、だからイチジクは、木によって開花の時期が異なったり、また同じ木でも花嚢ごとに開花時期をずらしたりしているのだ(『中之島の森:果実』)。
オランウータンにとって、ドリアンやマンゴーが特定の時期にだけお腹いっぱい食べられるごちそうだとしたら、イチジクは年がら年中食べることができるお手軽な果実ってことになる(『生物多様性を探る/花粉媒介するハチ』。 このように、「デパート型」の戦略の植物と「専門店型」の戦略のイチジク属が組み合わせられて、果実を好むオランウータンや鳥たちにとって熱帯雨林は恵まれた森になっている。また被子植物から見ても、果物を好む多様な動物たちが繁栄し、種子を広範囲にばらまいてくれるから好都合なのだ。なんとも巧みかつ複雑に共生のネットワークがつくられているのに、ただ感嘆するばかりだ。

▼なぞに包まれている一斉開花

そんななか、「一斉開花」は、オランウータンにとってはおいしい果実が豊富に実る、お祭りみたいなものらしい。一斉開花が起こると70メートルの高さのフタバガキから着生のランまでが次々と開花する(『生物多様性を探る/「一斉開花」なぞを求めて』)。『熱帯雨林』(湯本貴和著・岩波新書)によると、フタバガキ科の植物が2-8年間隔で開花し、これにたくさんの種が同調して開花結実し、森林レベルで大規模な現象になっていると考えればいいようだ。
96年にサラワクの熱帯雨林で起きた一斉開花では、井上民二さん(当時・京都大学生態学研究センター、残念なことに97年に飛行機事故で亡くなった)を中心とする日本の研究チーム(「サラワク林冠生物学計画」がこの現象の具体的な把握に重点をおいて調査をし、数々の発見をしている。

一斉開花のあいだ一つの種類の植物の開花期は2週間程度だが、たくさんの種類が少しづつずれて咲くので、森全体では開花は数か月続くそうだ。『生命の宝庫・熱帯雨林』(井上民二著・NHKライブラリー)によると、一斉開花の時にのみ開花した種は調査した植物の34%だそうで、こうした一斉開花型の植物の狙いは、同調して開花することで送粉者に大量の報酬を用意して、より優れた送粉者をより多く引き寄せようということらしい。
ただし、ここでまたいろいろな種類の花が一度に開くのではライバルが増えてしまうし、自分と同じ種を見つけて花粉を届けて貰うのも困難になってしまう。そこで、一斉開花する木は開花時期を少しづつずらすという戦略も持っているようだ。このような熱帯雨林の一斉開花は、力をあわせさまざまな送粉者をひきよせるデパート型の戦略がさらに進んで複雑で精緻になった例と考えてよいのではないだろうか。

しかしどのように一斉開花が起こるのかなど依然として謎は多い。こうした熱帯雨林の本格的な研究はまだ始まったばかりなのだ。熱帯雨林についてわかっているのはごくごく一部分、というのが現状だ。でも、その一方で熱帯雨林はもの凄い勢いで減少している(『熱帯雨林の消失について教えてください』)。
ユカリが言うように、確かに今オランウータンに会いに行かないと、すぐに会えなくなる日が来てしまうのかも知れない。そして、多くの人がオランウータンに会いに行ったり、オランウータンの視点から森の重要さを見つめ直すことが、森の破壊をくい止める力に繋がっていくのかもしれない。

さて、ユカリ提案のボルネオ旅行にはどう返事をしようか?どうせなら、一斉開花で森中にかわるがわる花が咲き、フタバガキの甘い匂いが立ちこめる熱帯雨林の森を見てみたいな。よし、今度の春休みだなんて決めずに、しばらく様子をみて「一斉開花をしたというニュースを聞いたらすぐにでも旅立てる準備をしておこうよ」って逆に提案をしてみることにしようかな。
皆さんもオランウータンの住む森に出かけてみたいと思いませんか?

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