[Web Travelers]
[写真] 岩嵜博論
 最近、スケボーにハンドルをつけたような形をしているキックボードという乗り物がはやっているようです。折りたたんで持ち運べるため、電車の中とかに持ち込んでいる人をよく見かけます。WebMag29号の最後で「モバイルモービル」について書きましたが、このキックボードこそこの「モバイルモービル」のイメージにぴったりです。自転車の携帯化を中心に今後5年ほどで広まるかと思っていましたが、こんなに早く現実になっていくとは・・・。


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ミニマル・モバイル・ライフ

 澤夏樹さんの小説『スティル・ライフ』には鞄一つで引っ越しする男が出てきます。彼の部屋には、ものらしきものは何もなく、唯一彼が大切にしているものは、スライドプロジェクターといくつかの星の写真のスライドだけです。しかもスライドのストックは増えることなく、古いものと入れ替えるようにして新しいスライドが追加されます。彼にとってそれ以上のものを持つことはあまり意味のないことなのです。(池澤夏樹さんに関しては、Katamariさんのサイトが参考になります。)

 くの友人の部屋には、家具らしき家具はなく、窓にはカーテンすらかかっていません。部屋の中には、机と椅子、そして床には小さなダンボール箱いっぱいのCDが置いてあるだけでした。ベッドもなく、三つに折りたたむことのできるスポンジ製のマットレスが無造作に立てかけられているのです。彼のCDのストックはダンボール箱からあふれ出ることはありません。必要がなくなったものは友達にあげるか、捨ててしまうからです。同様に蔵書もあまりありません。読んでしまった本は荷造りヒモで十字に縛られ廃品回収の日を待っています。彼は『スティル・ライフ』の生活を目指しているというのです。所持品を極限まで切りつめ、簡素化、ミニマル化した生活こそが彼の理想なのです。

 築響一さんは、写真集『TOKYO STYLE』で、ごく普通の人たちの住まいを写真に収めることで、日常的な東京人の居住スタイルをあらわにしました。そこには、建築雑誌で紹介されるような、モダンでおしゃれなインテリアの姿はどこにもなく、うずたかく積まれたCDや、本棚からあふれんばかりの本、買い物帰りにうち捨てられた紙袋、化粧品まみれの洗面台、小包みをひも解いた後の散乱したダンボール箱など、とにかくこれでもかというくらいの「日常」がつまっています。(『TOKYO STYLE』に関しては、デジタル版がver.2として公開されています。)確かにぼくの部屋をちょっと思い出しても『TOKYO STYLE』で描き出されたようなスタイルを踏襲しています。ぼくの部屋も引越しの度に増え続けた家具や、際限なく買い足される本とCDで満たされていて、その雑然さはカッコよさからはおよそかけ離れたものであるからです。『TOKYO STYLE』は、大多数の都市生活者の日常の生活を写真をして切り出すことで、日常を相対化しました。『TOKYO STYLE』以前は、ファッション雑誌に載っているような理想的な生活空間に対するかけ離れ方から、自分たちの日常的な生活になんとなく引け目を感じていたのかもしれません。ところが、それが『TOKYO STYLE』以後は、「なーんだみんなそーだったのか」という開き直りに転じていったのではないでしょうか。

 て、『TOKYO STYLE』に登場する生活スタイルは、『スティル・ライフ』で描かれた生活スタイルとはまるで正反対のものです。一方では部屋の中にモノがあふれかえり、一方では、必要最低限すら怪しいような、もはやマゾヒスティックとも思える程モノが切りつめられています。『TOKYO STYLE』で描かれた生活スタイルは、確かにぼくたちの生活の現況かもしれません。それでは、『スティル・ライフ』の生活スタイルは、理想化されたファッション雑誌風の世界なのでしょうか。『スティル・ライフ』の生活スタイルは、カッコいい家具を部屋の中に置くことすら否定します。ミニマル風なインテリアで部屋を飾るのではなく、インテリアそのものを否定し、壁と天井と床、それとそこに住む人間だけを肯定するのです。

 『TOKYO STYLE』は、ぼくたちの生活がいかにモノにまみれているかを証明しました。ぼくたちにはモノを買って部屋の中にため込んでいくという習性がすっかり染みついて、モノの呪縛に取りつかれているかのようです。『TOKYO STYLE』が示したように日常の生活はそんなにカッコいいことではないことがわかりました。それではこれはカッコいいモノを揃えればいい生活が送れるのでしょうか。ファッション系の雑誌ではよくインテリア特集が組まれています。確かにそれらの特集の中で紹介されているインテリアは見た目はカッコいいものかもしれません。しかしそれらを装備することで本当にぼくたちの生活はハッピーになるのでしょうか。『スティル・ライフ』的生活は、モノの呪縛から解き放たれた、生活のオルタナティブを示しているのではないでしょうか。

 うは言っても今すぐにでも鞄一つで引っ越しを済ませることができるくらい身軽になれと言われてもちょっと無理です。『スティル・ライフ』的生活を目指すためには、まず必要なものと必要でないものを今までよりもさらにシビアな目で選別します。そして、要らないものを処分することで徐々に身軽になっていけばいいのです。要らないものを処分するときに、それらを捨てる必要はありません。それらを必要としている人にあげるか、安価で譲ればいいのです。そのための手段として最もオーソドックスなのは、フリーマーケットに出店するという方法です。「RECYCLER'S Homepage」では、首都圏をはじめとする全国のフリーマーケット開催情報に加えて、出店のための手引きも掲載されています。さらに、最近インターネット上で盛んなのは、個人売買やオークションといったサイトです。これらは、わざわざフリーマーケットに出かける必要もなく、一点からでもやりとりができます。個人売買ではリクルートの主催する「じゃマール」が有名ですが、他にも「芝のキャンパス」や、「千円市場」などでも充実した個人売買が行われているようです。オークションでは、「Yahoo!オークション」などがあります。一度自分のものにしたものを手放すのは簡単にはできないかもしれません。しかし、これらの個人売買サイトでは自分が使っていたものを別の人が使ってくれるのですから、いくぶん納得して手放すことができるのではないでしょうか。

 『スティル・ライフ』的生活は、身軽になるだけでは完全なものではありません。もう一つのポイントは「移住」です。『スティル・ライフ』に登場する人物のように、鞄一つでタクシーに乗って引越しするまでにはなかなか至らないかもしれませんが、モノを手放し身軽になることで、今までよりも手軽に引っ越しができるようになるでしょう。これまでなら、学校が変わったり、職場が変わったり、家族が増えたりするなんらかのきっかけがないとなかなか引っ越そうとは思わなかったかもしれません。新しい住まいを捜すのも面倒だし、契約や引越しに費用もかかる、何よりも膨大な荷物をパッキングしなければならないかと思うとゾッとします。しかし、身軽になるとパッキングの心配はなくなります。タクシーは無理かも知れませんが、軽トラック一台くらいで引っ越しできるようになれば随分な進歩です。

 の3月から「定期借家権」という制度が新たに導入され、これが引越し促進の起爆剤となるかも知れません。定期借家権とは、住居の賃貸契約に関する制度で、これまでならば賃貸契約の契約期間が終了しても、借り手が契約の延長を希望すれば大家さんはそれを拒むことができなかったものが、この制度の導入によって、定期借家権が設定された賃貸物件に関しては、大家さんの合意ができなければ契約延長ができなくなります。(定期借家権に関しては、福島大学教育学部住居学研究室のページに詳しい説明があります。)この制度は、これまで長くその住宅に居座られるというリスクがあったため供給が少ないファミリー向けの広めの賃貸住宅の供給量を増やすという名目で導入が決定されましたが、その効果については賛否両論あります。しかし、この制度が導入されることによって、賃貸契約が終了するごとに引っ越しを繰り返す必要が出てくるかもしれません。新規の賃貸契約や引越の絶対量が増えれば、新既契約や引越しにかかるコストも低くなるかもしれません。

 本には「持ち家信仰」がある、とかしばしば言われています。しかし、『スティル・ライフ』的生活スタイルは、持ち家信仰はおろか、モノの所有ということまで生活の中から拭い去ろうとしています。そこでさらに引っ越しが促進されるようになれば、モノを棄て身軽になったぼくたちは、あらゆる住処を渡り歩くことでしょう。生活そのものがますますモバイル化し、移住し続けることがすなわち生活することになるかもしれませんね。


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