[Web Travelers]
[写真] 金子伸二
 急に暑くなったせいか、このところ身近でケガや病気が相次ぎ、そのたびにインターネット上の医療情報にお世話になっています。素人にとっては、いったい何科のお医者さんに行けばいいのか戸惑うことがよくありますが、そうした場合も、症状から原因や対処法を解説してくれるページがあって大変助かります。検索ページやリンク集で簡単に探せるので、前もって役に立ちそうなページをチェックしておいて、大事なところは印刷して保管しておくことを、ぜひおすすめしますよ。


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古情報誌を楽しく読む法

 1978年から85年の8年間に、東京を中心とした首都圏で「アングル」という誌名のタウン情報誌が発行されていた。発行元は主婦と生活社で、毎月1回の月刊、計98冊と、他に数点の別冊が発行されて休刊となった雑誌だ。内容的には現在の「ぴあ」や「東京ウォーカー」などと共通するものがあり、期間内に見られる映画や演劇、コンサートなどのイベント情報を紹介するページが毎号の中心を占めているのだが、もう一つ、この雑誌の大きな魅力を成していたのが、ある街の街並みやお店の場所を詳細に記したイラストマップだった。狭い路地に軒を連ねる一つ一つの店舗を、簡単な説明とともに詳細に描きわけた手書きのイラストマップは、「見る」というより「読む」という感覚に近く、誌面を眺めることで実際にその路上を歩いているかのような気分にすらなったものだった。

 その「アングル」の98冊の全バックナンバーが、たまたま身近に保管されているので、このところそれをあらためて読み返すという作業をしている。刊行当時に実際に自分でも時折買っていた雑誌を、ほぼ15年ぶりに手に取るというのは、なかなか懐かしいものがあるのだが、懐かしさを別にしても、各号に収められたイラストマップを眺めていると、この間の東京という都市の変化には驚かされるものがある。80年代末から90年代初めにかけてのバブル経済と、それにともなう地価高騰によって、東京の中心部では戦後続いてきたそれまでの街並みががらりと変わり、高層ビルが建てられたり、その隙間に生まれた空き地が駐車場に転用されたりしている。その意味で、このバックナンバーは、バブルの前と後との、東京の街の変化を捉える面白い素材になるのではないかと思っている。

の1978年から85年という時期は、大ざっぱに言えば、二つの博覧会に挟まれた時代であった。二つの博覧会とは、1970年の大阪万博と1985年のつくば科学万博だ。NTTの<INTERCOMMUNICATION CENTER>に収められている<「スペクタクルの20世紀」年表>では、20世紀をスペクタクル空間の時代として捉えて、それぞれの年代での博覧会や大型イベントの展開をたどっているが、この視点からすれば、70〜80年代は日本において20世紀的なスペクタクル空間が絶頂を迎えた時期であったといえる。70年代初頭にはオイルショックを迎えたとはいえ、60年代からの高度成長の余波が生活の深部にまで浸透し、商品化された余暇や娯楽を求めて人々、特に若者が街にくり出していった時代であり、「アングル」もそうした時代の産物であったわけだ。

の時代の、大学生を中心とする若者のライフスタイルがどのようなものであったのか。<たばこと塩の博物館>の特別展示<高度成長期の青春像〜1960-1975〜>では、時代はやや前後するものの、「アングル」が登場する直前の若者を取り巻く社会や文化の状況が年表形式でまとめられている。ここで見られるような大量消費型ライフスタイルの拡大とそれに対する反発が、さらに80年代にまでもつれ込んでいくことになる。
 タウン情報誌「アングル」のフィールドとなる首都圏について見ると、東京がどんどんと郊外へ拡大し、都心部から郊外への人口移動が進行する時期でもあった。慶應大学経済学部の<杉山研究会>の中にある研究発表<東京の郊外化>を読むと、60年代から80年代にかけて、都心部の人口が減少する一方、千葉県、埼玉県、神奈川県といった周辺地域の人口が急増していることがわかる。実際「アングル」誌面においても、新宿や渋谷のような都心の街だけでなく、郊外の、とりわけ西方へ伸びる私鉄沿線の街が数多く取り上げられるようになっている。

 その一例として京浜急行の<写真で見る京急100年の歩み>の中から<1978(昭和53年)-1988(昭和63年)>のページを見ると、郊外のニュータウン開発に合わせて路線が延長され、遠距離通勤用の快速が増発されていく過程がうかがえる。同様のことが他の私鉄でも行われ、結果として「東京」の範囲が急激に拡大していくことになった。

うした交通網の拡大は鉄道だけのことではなく、道路においても進行する。いわゆる「モータリゼーション」の浸透だ。<首都高速道路公団>のパンフレット<新たな道路計画の策定にあたって −首都高速道路の過去・現在・未来−>で「首都高速ネットワークの変遷」を一つ一つ見ていくと、60年代から80年代にかけて東京を中心とした高速道路のネットワークが拡大していく様子があらわされている。
 そして、このクルマ社会が本格化して、若者も当たり前にクルマを持つようになった時、「アングル」は休刊を迎えることになる。もはや詳細なイラストマップを手がかりに狭い路地を歩くのではなく、街から街へとクルマで移動していくことが、若者の遊びのスタイルになったのだ。その意味で、「アングル」が休刊直前に「ネズミ捕りマップ」の企画を3回連続で行っているのは象徴的といえるだろう。

都圏を対象とした「アングル」の場合はかなり範囲が広くなってしまうのだが、このように地域の社会の変化とそこに展開するメディアの盛衰とは非常に深い関わりがあるといえそうだ。東京経済大学コミュニケーション学部<山田晴通>さんによる<コミュニケーション・メディア論>や、熊本大学文学部の<船木亨>さんのサイトに収められた寺岡伸悟さんによる<情報通信の地域社会史−宮崎県日之影町にみる−>のように、ある地域のメディアを媒介としたコミュニケーションの変遷を詳細に検証していく試みはとても興味深い。これらの研究におけるような視点から、今の僕たちの生活が形成されてきたプロセスがまた一つ明らかになってくるのではないだろうか。15年ぶりの「アングル」との付き合いはもうしばらく続きそうだ。


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