[Web Travelers]
[写真] 栗田涼子
 このところ、世界中で相次ぐ災害や紛争など、ますます世紀末的様相が色濃くなってきました。フランスでも、2000年へのカウントダウンがいよいよ始まり、それにあやかったイベントや、2000年グッズを売り出す業者も増える一方です。周囲のお祭り騒ぎや、過剰に不安をあおる情報におどらされることなく、残る数十日をポジティブに乗り切りたいものです。


[マーク] 栗田さんへの発信 [マーク] 栗田さんとの交信録 [マーク] バックナンバー


和紙のある風景−紙と日本人−

 日、某ニュース番組で興味深いルポルタージュが放映された。フランス中部、オーヴェルニュ地方のとある小さな村に現存する、古い水車を利用した紙漉き工房を紹介したものだった。14世紀に建てられたこの工房 Mulin Richard de Bas は、現在は博物館として一般公開されており、昔ながらの手法を使った紙漉きの行程を見学することができる。
 年代物の水車や、職人の見事な手裁きに感心したのはもちろんだが、それまで日本や中国に固有の伝統だと思い込んでいた“手漉き紙”の技術が、フランス僻地の寒村で連綿と生き長らえているというその事実に、何よりも驚きを感じた。出来上がった手作りの紙は和紙に似て、柔らかく温かな風合いをもったものだ。ブラウン管を通して思いがけなく目にした「紙を漉く」というその情景が、遠く日本を離れた私の眼には何ともノスタルジックなものとして映り、日本の洗練された和紙文化の有りようが改めて懐かしく思い出された。
 日本に暮らしていた当時はあまりに身近過ぎて、和紙のもつ多様性や豊かさについてさほど深く関心を寄せたことがなかったように思う。これを機に、日本人と紙との関わりについて調べてみるのも面白いかもしれない・・・・。そう思い立ち、さっそく“和紙”をキーワードに検索してみると、予想を上回るヒット件数があった。近年、新たに和紙への関心が高まっていることのあらわれなのだろう。数ある関連サイトの中でも、日本の豊かな和紙文化を多角的に紹介した関西国際広報センターの「和紙のある暮らし」は、特に優れたページだ。今回はこのサイトをガイド役にして、和紙と日本人の生活との関わりを探ってみることにする。

 「世界の紙と日本の紙」の項で、紙が日本にもたらされた経緯と、和紙が生まれた背景をおさらいしてみよう。いわゆる今日の「紙」と呼ばれるものが中国の蔡倫によって発明されたのが二世紀の後漢時代。それ以前にもPaperの語源となった古代エジプトのパピルスのほか、石板・粘土板・木の葉・獣皮・木簡など文字を記すための素材は存在したが、潰した植物繊維を利用した蔡倫の紙は、筆記に適した画期的な発明だった。この紙はやがて中国全土から近隣諸国へと伝播し、日本には仏教の布教とともに四〜五世紀頃伝わったとされる。その後、日本独自の「和紙」が創られるようになったのは八世紀頃。「紙の原料」となる楮(コウゾ)以外の植物として、あらたに日本特産の雁皮(ガンビ)が発見されたことが和紙発展の契機となった。
 紙の文化が日本において高度に独自の発展を遂げたその背景には、いくつかの要因が考えられる。その一つに、森と水に恵まれた日本の風土が紙漉きに適していたこと。
 もう一つには、同時期に“仮名文字”が生み出されたことが挙げられる。王朝文化華やかなりしこの時代、ひらがなの流麗な字体には、それに適った優美な紙が求められたのだろう。漢字から派生して仮名が生まれたように、唐生まれの紙もまた同様に“和様化”の道を辿ったのだ。
 中世以降、豊かな和紙文化が貴族社会を中心に成熟するにつれ、紙は次第に庶民の間へも普及し、やがて無くてはならない存在として人々の暮らしの中に根付いてゆく。
 十七世紀ともなると、地方色豊かな「多種多様な和紙」が日本各地で生産されるようになった。「産地別リスト」をみると、三百年後の今もなお、和紙の製造を行っている産地が全国に百あまりも現存していることがわかる。北海道から沖縄までほとんどの県に、少なくとも一つは和紙産地が残っているとは意外だった。その土地ならではの素材と風土が生んだ個性豊かな和紙づくりの伝統が、細々とながらも、現代に受け継がれているのだ。

 て、仏教の伝来、文字の発達、王朝文化の隆盛という複数の要因によって発達した和紙は、私たち庶民の暮らしの中にどのように取り込まれていったのだろうか。衣・食・住・祭をキーワードに、具体的にみてゆくことにしよう。

 「住」
 その昔、日本を初めて訪れた西洋人が日本の家屋を見て「草木と紙と土でできている!」と言って驚いたとか。確かにその通り。堅牢な石造りの家に暮らす西洋人の目には、日本の木造家屋はさぞや開放的に見えることだろう。「和紙の歴史」によれば、この西洋に類を見ない独自の建築様式は、湿気の多い日本の風土ならではの産物であるという。なるほど、湿度と温度を調節し、しかも光を通す紙の特性を活かして、障子・襖・からかみ・衝立・屏翌など、いわれてみれば日本の家には和紙が随所に使われていることに改めて気づく。
 軽くてしなやかで取り外し可能な「紙でできた間仕切り」という概念は、石によって外界から隔て閉ざす、という西洋の建築概念のおよそ対局にあるものだ。紙は、日本人の“開かれた空間”への志向、“軽み”の哲学に適った究極の素材といえるだろう。

 「食」
 日本の包み『折方』にあるように、日本人は昔から“包む”という独自の文化を育んできた民族だ。この“ものを包む”という表現には、物品を清らかにし、不浄なものと区別するという象徴的な意味合いが込められているという。この考えは、とりわけ「食文化」の周辺で発達した。結ぶ・折る・畳む・縛る・綴じるなど多様な包み方を可能にし、加工に耐える強度をもった和紙は、食物を包むだけでなく、紙鍋・奉書など調理の道具としても利用されてきた。
 また茶道で使われる懐紙のように、菓子を受ける皿代わりに使ったり、口や箸を拭ったりと、和紙は現在でも日本の食文化を彩る重要な役割を果たしている。

 「衣」
 近頃はペットボトルの廃材を利用した衣料が人気を呼んでいるが、日本には昔から“紙でできた衣装”があったことは、あまり知られていないのではないだろうか。
 かくゆう私自身、「白石和紙」について紹介したサイトに出合うまでその存在すら知らなかった。紙の衣は「紙子(かみこ)」、また紙でできた布は「紙布(しふ)」と呼ばれ、江戸時代には一般に広く普及していたようだ。風を通さない紙子は布よりも暖かく、また高価な木綿や絹に代わる手頃な衣料として庶民に愛用されていたのだ。特に東北地方は木綿が少なく貴重だったため、武士でも紙子や紙布を着るように命じられていたという。
 洋服の普及で今ではほとんど見かけることがなくなった紙子だが、奈良東大寺の伝統行事「御水取り」の修二会で修行僧がまとう着物には、現在でもこの紙子が使われている。絹布のように蚕虫を殺さずに済み、女手を煩わさず僧侶自身が一針一針縫い上げた紙衣は、仏の戒律にかなった衣料として、千年以上も前から使われてきたのだそうだ。ここでもまた、和紙が“浄と不浄”とを分ける象徴的な役目を果たしていることが注目される。

 「祭」
 和紙はまた、衣食住における日常生活の必需品としてだけでなく、年中行事のさまざまな場面で使われていることが多い。特殊な形の紙細工を飾って、一年の福徳や平穏無事を神に祈る「正月飾り」や、冠婚葬祭につきものの「水引」がそのよい例だ。
 これらの紙細工は、縁起物の絵や文字を紙で切り抜いたり、和紙でできた紙縒(こより)を使って松竹梅や鶴亀などを形作るなど、用途や地方によって形は異なるが、いずれも紙で創ったオブジェに願いを託すという点で、共通の呪術的性格をもっているといえるだろう。中国にも「せん紙」または「窗花」「喜花」と呼ばれる、同じような紙細工の伝統が古くからあり、正月に吉祥文様をかたどったそれらの切り紙を家の各所に貼ったり、御礼に贈る品物に付けたりする風習があるという。(「アジアの形を読む」工作舎より) 日本の正月飾りも水引も、案外その辺りにルーツがあるのかもしれない。
 フランスでもorigamiという名で広く知られている「折り紙」もまた、日本の誇るべき紙文化の遺産として特筆すべきだろう。紙の博物館「紙と生活文化−折り紙」の項をみると、折り紙は日本で和紙の生産が始まった奈良・平安時代から、儀礼や祭りごとに使われ始めていたようだ。貴重で清浄な白紙を、折ったり切ったり、結んだりたたんだりする儀礼様式から、やがては現在のような造形的な折り紙へと変化していったと考えられるという。
 病気の回復を願ってつくる「折り鶴」と同様に、「お札」や「御みくじ」など、古くから日本人は紙に何らかの霊的な力を見出してきたことは間違いないだろう。「紙の博物誌-5」は、証文・誓紙などを例に挙げて、呪術的性格をもった日本独自の紙文化が形成された背景には、日本人が古来から単なる記録用の道具である「紙」と、神の分身としての「紙」の境界を明確にしなかったことが挙げられるとしている。確かに、「神」と同じ音韻をもつ言葉「紙」に、私たちの祖先が無意識のうちに霊的顕現を見出したことは十分に考えられるだろう。

 れまで見てきたように、和紙は日本人の精神文化と深い関わりを持ちながら、今日まで受け継がれてきたことがわかる。形骸化して様式だけが残っているもの、また時代の流れと共に消え去ってしまったもの少なくないが、同時に機能紙の例に見るように、和紙を原点とする日本の製紙技術を現代のハイテクノロジーに活かそうとする試みも行われている。またエコロジーの観点から、非木材紙(ウェッブトラベラー眞柄さんの「ケナフが地中を救う?」をご参照下さい)としての和紙の価値が再評価されてきてもいる。将来、和紙が私たちの暮らしにどんな新しい彩りを与えてくれるのか・・・、今後が楽しみである。



[マーク] 栗田さんへの発信 [マーク] 栗田さんとの交信録 [マーク] バックナンバー


今回アクセスしたページ