[Web Travelers]
[写真] 栗田涼子
 この原稿を書くために、捕鯨に関する多くの情報を読みましたが、今回改めて「真のエコロジー」って一体何なのだろう、と考えさせられました。エコ・テロリズムという言葉が存在することも初めて知りました。異文化の共存が謳われる一方で、エコロジーの名の下に、民俗固有の文化や多様性が失われようとしている現実がある・・・。
うーん、なんとも難しい問題です。


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外国メディアの鯨をめぐる報道の読み方

 仏して間もなく二年の月日が経とうとしている。この間に、政治経済の情勢はともかく、当然のことながら、日本の風俗事情や巷の流行についての情報にはずいぶんと疎くなってしまった。しかしその反面、日本を離れなければおよそ知り得ないような情報が耳に入ってくることも多い。ある情報が“外国人の眼”というフィルターを通して伝えられると、時に、そこにはまったく違ったニュアンスと意図とが付加されることがあるのだ。インターネットの普及のおかげで、外国に居ながらにして、日本のマスメディアが発するニュースをリアルタイムに得ることができるものの、時には外国のメディアの捉え方とはしばしば異なる日本発のニュースに接して戸惑うこともある。あらゆる情報が氾濫・錯綜するいま、一体何を信頼すべきなのか・・・ こうなったら自分自身で正確な情報をかき集めて、自ら冷静に分析し判断を下すしかない。つい最近も、それを実感させられるようなニュース記事を読んだばかりだ。

 “Japan Is Assailed for Toxic Feafood”と題された11月1日付けのパリ版ロサンジェルス・タイムスの記事である。日本の市場で売られている鯨肉の数割は、実は高度に水銀汚染されたイルカの肉であるという気懸かりな内容のものだった。それによると、ハーバード大学の遺伝生物学者のグループが日本の都市6ヶ所で調査を行った結果、魚屋やレストランで鯨肉として売られていた130のサンプルの内、実にその半数以上が違法に捕獲されたイルカの肉で、そのうちの一つからは日本の基準値を500倍も上回る水銀が検出されたという。この調査報告を受けた日本の農林水産省は、不完全で偏ったデータであるとしてなんら緊急の措置を執ることもなく、日本の消費者に対する警告も未だ発せられてはいない、とその対応の緩慢さが批判されている。

 は鯨肉の信奉者ではないが、最初にこの記事を読んだ時やはりショックを感じずにはいられなかった。それと同時に、この情報が日本ではどのように伝わっているのだろうという疑問が湧いた。もしこれが事実なら、一消費者として黙って見過ごすわけにはいかない。さっそく日本にいる家族に問い合わせてみると、「え、そうなの? 知らなかった」という返事。(一体、日本のマスメディアは何を暢気に構えているのだろう? 一刻も早く正確な情報を入手公開して、何らかのアクションを起こすよう政府に働きかけるべきではないか?)と、私はまず単純に考えた。がその後で、(いや、待てよ。この記事の主張していることは果たしてどこまで本当なのだろうか・・・)という思いがよぎる。ハーバード大学のPalumbi教授の報告に基づくというこの記事の論旨を、もう一度整理してみることにしよう。

 1)DNAテストした鯨肉サンプルの半数以上が、違法に捕獲されたイルカ・ネズミまたはその他の種の鯨であった。これらのイルカ肉は、店頭では“鯨肉”と誤った表示で販売されている。

 2)誤って表示されたイルカ肉を食べる消費者は、人体に有害と思われるレベルの汚染物質を摂取する恐れが大きい。サンプルの一つからは基準の500倍を上回る水銀が検出された。 高度の水銀摂取は新生児の欠陥や神経障害の原因となる恐れがあり、特に妊婦と子供には危険である。

 3)この報告を日本政府に公式提出したが、農林水産省のスポークスマンは匿名で、「われわれの知る限りでは日本の市場で販売されている鯨肉には濃度に汚染されたものは含まれていない。検査データは極めて偏った不完全なものである。早急な措置は執らない方針である」と返答した。

 4)鯨肉は日本では珍味と見なされており、1ポンド当たり5250円($50)で売られている。しかしながら捕鯨は国際条約によって禁止されており、日本人は科学調査のために捕獲されたミンク鯨一種のみ食することが容認されている。

 5)この調査による発見は、鯨問題をめぐる国際的な論争に再び火を付けることになるだろう。日本政府が鯨問題に関する西欧側のいかなる干渉に対しても用心深いのは、商業捕鯨を禁止している条約の規制を緩めたいからである。

 6)米国の環境保護団体は、日本政府が健康上の危険があることを至急公表するように働きかけると断言した。

 上がおよその論旨展開である。この記事を改めてよく読み返してみると、どうも記者自身の客観的な視点が欠けているようにも思える。確たる検証もせずにPalumbi氏の主張を盲目的に信頼し、彼の言い分をそのまま羅列するだけではジャーナリストとしてちょっと無責任すぎはしないないだろうか。注意深く読んでみると、この記事は「汚染されたイルカ肉を食べさせられている日本人消費者への警鐘」という表面上の大義名分を保ちつつ、実は日本の捕鯨とそれを続けさせている政府への反感を煽ることに、その眼目が置かれているように思われてくる。この記事の真の狙いは何なのだろう・・・? とはいえ、分析しようにも捕鯨とそれをめぐる国際論争についての私個人の知識は、まるで皆無といってよいほどお粗末だ。まずは、捕鯨の現状について正しい知識を得ることから始めよう。

 本の捕鯨産業の復活とその発展を目指して活動している団体「日本捕鯨協会」のサイトには、捕鯨に関するQ&Aが分かり易くまとめられている。それによると、「捕鯨の対象でないカワイルカなど少数の種類を除けば、本当に絶滅に瀕している鯨はいない。鯨の種類は多様で、普通4メートルより大きいものをクジラ、これより小さいものをイルカと呼んでいる。」とある。またくじらの博物館も「クジラもイルカも学術的には“クジラ目”であり、呼び方の違いは、成体の体長が4mをこえる種類をクジラ、4m未満をイルカとするが、これは慣習的な呼び方である」と解説している。ここでまず一つの矛盾にぶつかる。記事では、鯨肉と“偽表示”されたイルカの肉が売られていることが繰り返し強調されているが、上記の説明によればイルカも分類では小型鯨類なので、たとえイルカが鯨と表示されていても、それはあながち間違いではないといえるのではないだろうか。

 “違法に捕獲された”という指摘についてはどうだろう。現在、IWC(国際捕鯨委員会)が認めている捕鯨には、A)原住民生存捕鯨(アラスカなど原住民生存のための捕鯨)、B)IWCの管轄外にある小型鯨類の捕獲、C)IWC非加盟国による捕獲、の三つがある。従ってIWCの加盟国である日本の捕鯨はBに分類される。日本捕鯨協会の説明によれば、「IWCは条約で定められた大型鯨種だけを管轄しており、イルカ類などの小型鯨類は管轄の対象にしていない。日本の沿岸では昔からツチクジラ、ゴンドウクジラ、イルカなどの小型鯨類を捕獲しており、日本政府の監督下で行われている。」とある。ここでまたしても第二の矛盾。条約で保護の管轄外にあるイルカ類を捕獲してその肉を販売しても、それは“違法”ではないことになる。記事では“イルカ・ネズミまたはその他の種の鯨”と記されているだけで、これらの鯨類が果たして保護されている種であるのかそうでないのかが言及されていない。それなのに、illegallyだと決めつけているのだから、これは明らかに誤報ではないだろうか。また、「科学調査用に捕鯨されたミンク鯨だけが、日本で合法的に口にすることのできる唯一の鯨である」という記述も、管轄外の沿岸小型鯨類は捕獲してもよいという事実が省かれているため、それを知らない読者は、あたかも日本には密漁が横行しているかのような印象をもってしまうだろう。

 染度に関するデータの信憑性についてはどうか。素人である私たちは、権威あるハーバード大学の教授と聞けば、その言を信じたくなるのも当然だろう。環境ホルモンの生態系に対する影響にあるとおり、実際、多くの野生生物が地球規模で高濃度の汚染物質に侵されているのは周知のことであり、鯨・イルカもその例外ではない。おそらく氏のデータに偽りはないだろう。しかし、彼の調査目的が日本の消費者への警告にあるのならば、何故、調査サンプルとして、食用の海洋生物としては特殊な鯨肉をわざわざ選んだのだろうか。鯨の汚染度を調べるのなら、鯨肉よりも遥かに需要の高いマグロや鮭など、他の魚類の調査データも併せて提示すべきではないだろうか。そこに思い至ると、彼らのターゲットはもともと鯨に焦点が絞られていると疑わずにはいられない。鯨肉の危険度だけを誇示し、消費者の不安感をいたずらに煽って鯨肉の不買運動を起こすのが彼らの真の狙いなのではないだろうか。

 鯨の実状を知れば知るほど、この記事の信憑性がますます疑わしく思われてくる。真偽のほどを確かめるべく、この件についてのコメントを日本捕鯨協会に求めたところ、後日Eメールで返答が来た。以下にその内容の一部を要約しよう。

 「水銀は特に肝臓に蓄積される。取り上げられている基準値の500倍というのは、イルカの肝臓の煮物から検出されたとこの団体は発表しているが、一般的に鯨やイルカの肝臓は食用として流通していない。ミンク鯨の捕獲調査でも研究用としてのサンプル採取を除き、肝臓を副産物(食用)としてはいない。

 本の市場にも問題がないわけではない。商業捕鯨モラトリアムによって鯨肉の供給量が大幅に減少したため、それまでごく一部の地域でのみ流通していたイルカ肉が全国規模で流通するようになり捕獲量も増えた。しかしイルカも鯨類であるから、鯨肉として販売することは残念ながら違法ではない。少なくともひげ鯨と歯鯨という表示を義務づけることを政府は考えているようだ。

 回の調査に携わったハーバード大学の生物学者は、過去にも日本の市場で入手した鯨肉のDNA分析を基に、本年1月発行の科学誌「ネイチャー」に偏った記事を投稿している。その調査結果はIWC科学委員会にも提出されたが、意図的な政治的メッセージを含んでいること、IFAWという過激な動物愛護団体の支援を受けていること、科学的設備の乏しいホテルの一室で分析が行われたということなどを理由に、科学的信憑性がないとして取り上げられなかった。最近では、捕鯨支持国の主張が科学的議論で常に勝り、反捕鯨側では捕鯨モラトリアムの維持に危機感を募らせており、ありとあらゆる材料を反捕鯨のプロパガンダに使用している状況である。今回の発表もまたそうした感が拭えない。」

 のコメントの言い分通りであるとすれば、Palumbi氏の研究発表は、科学的根拠に乏しいある政治的な意図を持ったメッセージとして受けとめるべきではないだろうか。しかし何よりもまずここで私が問いたいのは、公正を期すべき立場にあるはずのジャーナリズムのモラルと知性の在り方である。ロサンジェルスタイムスのような影響力のあるメディアが、仮にも情報操作のために利用されたとすれば、これはメディアそのものの存在を問われる問題ではないだろうか。
もっと悪い想像だってできる。しかじかの捕鯨反対派のグループなり人物によって、特定のメディアが飼い(買い?)馴らされているのではないかという疑いだ。
実際、捕鯨ライブラリーには、その疑惑を裏付けるような捕鯨擁護派による調査報告や論文が多く収録されている。例えば「ゲームの名は捕鯨問題」や、「欧米マスコミに燃えさかる漁業非難キャンペーンとその真の狙い」などを読むと、環境保護の名の下に毎年巨額の資金が集められる仕組みや、エコロジーを隠れ蓑した企業のイメージ戦略、鯨をめぐるそれぞれの思惑をもった人々のポリティックゲームとマスコミとの関係が見えてくる。こうした舞台裏の事情を知らない私たち一般人 が、あの記事の内容をもし鵜呑みにしてしまったら、彼らの思惑どおりに操られることになるだろう。

 度に情報化が進んだ現代ほど、実は本当のことが知らされない時代はないのかもしれない。今回の捕鯨をめぐる報道から学んだ教訓は、都合の良い情報だけが強調・歪曲され、弱点はあえて隠蔽し、一方側の考えを正当化するために無理な論理を展開するというジャーナリズム特有のレトリックが、私たちを取り囲むあらゆるメディアに仕掛けられているということだ。この情報ゲームのからくりを見抜くか、あるいはまんまと操られるかは、私たち自身の見識にかかっている。



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