[Web Travelers]
[写真] 栗田涼子
 先日、遅ればせながらようやくデジカメを購入しました。日本の某大手フィルムメーカー製なのですが、バーゲンセールで2千フラン(約4万円)でした。ピントがやや甘いのが難点ですが、バーゲン品だから文句はいえませんね。迷惑そうな犬ネコを相手に、ひがなデジカメごっこに勤しんでいる今日この頃です。


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シュタイナーの遺したもの

 に一度、フランス人の友人に日本語を教えている。とはいっても、勉強はそこそこに、ほとんどの時間はとりとめのないお喋りで終わってしまうのだが。つい先日もレッスンの合間に話が脱線して、日本の学校教育の話題になった。教育現場の荒廃や早期幼児教育などの問題について話しているうち、その彼が唐突に「日本にもシュタイナー学校ってあるの?」と質問してきた。「え?」としばし絶句。シュタイナー学校という一風変わった教育を行っている学校の存在について全く知らなかったわけではないけれど、日本に現在この学校があるのかどうか、現状については実際のところよくわからない。話によると、私が住んでいる村からさほど遠くない場所にもこの学校があり、彼自身も以前から興味を持っているというのだ。ドイツ生まれのシュタイナー教育の理念が、フランスで、しかもこんな身近なところにまで根付いていることを知って少し意外であった。いじめや不登校児の問題が顕在化するにつれ、新しい教育の在り方への関心が高まりつつある今、このいささか風変わりな学校が、ヨーロッパを遠く離れた日本ではどのように受けとめられ、実践されているのだろう。この学校のことがもっと知りたくなってきた。まずは、創立者であるルドルフ・シュタイナー(1861-1925)が、そもそもどのような人物であったのか、から探ってみることにしよう。

 ュタイナーの生涯とその仕事について一言で説明するのは難しい。彼の活動範囲があまりに多岐に及んでいて、切り口がたくさんあるからだ。ある人にとっては教育者、またある人には自然科学者、哲学博士、文学者、農業改革者、医療改革者というように、実に多彩な顔を持っているのだ。私の場合、シュタイナーとの最初の出逢いは、建築家・芸術家としてのシュタイナーだった。きっかけは大学の芸術学科への入試問題。見たこともないような奇妙な形をした建物のモノクロ写真を見せられ、それについて論ぜよという論述形式のテストだった。この建物が一体どこにあって、何を目的としたものなのかまるで見当もつかないまま、しかしそれでも、その建物が醸し出す一種独特な魅力と不思議な印象とを直感に任せて書いたように記憶している。
その後、この建築物が20世紀の初め頃、ルドルフ・シュタイナーという人物によってスイスのドルナッハに建てられた「ゲーテアヌム」と呼ばれる建物であること、また彼が提唱する「アントロポゾフィー(人智学)」という運動を広めるための本拠地であったこと、彼が各分野で社会改革運動を押し進めた並みならぬ神秘思想家であることなどを知った。シュタイナー学校をはじめとする彼の運動は、全てこの「人智学」の思想に基づいているのだ。

 智学については「シュタイナー研究室」にかなり専門的な詳しい解説がある。ここでその深遠な思想の全貌を紹介するのは無理なので、簡単にまとめると「人間のうちにある不思議な認識能力を呼び覚まして、個人の内的体験・超感覚的体験を通して、普通の感覚では捉えることのできない世界像を探求しようとする思想」といったところか。このように書くと、何やら「神秘臭い」ものを感じて抵抗を覚える人もいるだろう。しかし、彼がそんじょそこらの似非神秘主義者と異なるのは、現実から乖離したオカルティックな世界にのみ沈潜するのではなく、独自の人間観や宇宙観を科学的に分析して学問のレベルにまで引き上げたこと、またその理念を芸術や医学、農学、教育、経済システムなどを含めた現実社会の改革にまで押し進めようとしたところにある。実際、シュヴァイツァー博士やユング、画家のモンドリアンやカフカなどといった多くの知識人や芸術家が彼の仕事を讃美しているし、シュタイナー学校で学び、彼の思想に少なからぬ影響を受けた人々の中には、「モモ」で有名な作家ミヒャエル・エンデや、現代ドイツの重要な芸術家・教育家であるヨーゼフ・ボイスなどの名を挙げることができる。
シュタイナーの人智学運動は多くの後継者達によって今日にまで伝えられ、その輪は世界中に広がりつつあるようだ。

 智学の思想は、シュタイナーのゲーテ研究にその源泉がある。シュタイナーはゲーテの『植物変態論』や『色彩論』などの著作を通して、人間の精神と自然との繋がりを無視した近代科学ではなく、自然と精神とを結びつけた新しい思想体系によって世界を探求する方法を見出そうとしたのだ。20世紀の初頭、西欧の合理主義・資本主義の台頭によって、これまで手つかずだった自然の領域が猛スピードで侵されてゆくそのただ中で、物質的繁栄と科学技術の追求にのみ邁進してゆく社会のあり方に危機感を示し、それを軌道修正しようとしたシュタイナーは、ある意味で予言者であったといえるだろう。戦争、自然破壊、南北問題、貧富の差など、今の私たちの世界が抱えているマクロ問題は全て、突き詰めれば、百年前に始まった物質至上主義の精神に根ざしているといっても過言ではないからだ。
特に日本の場合、そのしわ寄せは、教育の現場に顕著に現れているのではないだろうか。いかに効率よく多くの知識と情報を子供の頭たたき込むか、いかに「良い大学」「良い企業」に子供を送り込むか、社会に上手に適応できる子供をいかに育成(量産)するか、が目的であるかのような日本の教育制度は、企業社会を支える優良な人材を確保するための「国家政策」であるといっても言い過ぎではないだろう。このシステムからはみ出てしまった子供やその親達、あるいは“本当の教育とは何なのか”を模索する教師達が、いまシュタイナー学校にその一つの理想のあり方を見出し始めているのだ。

 本でシュタイナー学校が広く知られるようになったのは、娘をミュンヘンのシュタイナー学校へ入学させた体験を綴った子安美知子さんの著作に拠るところが大きい。
また、最近では、「賢治の学校」の創設者として知られる鳥山敏子さんによっても、シュタイナーの教育哲学が紹介されている。以下はホームページから引用した鳥山さんの一文だ。

『賢治は、歴史や宗教の位置を全く転換することを企画した。「わたくし」を一つの現象としてとらえ、わたくしは輪廻転生をくり返す、未来永劫失われることのないひかりであることを宣言し、この日々の生活を「第四次元の芸術」に高めることをよびかけたのである。歩み出した賢治は、科学と芸術をユーモアをもって生産者としての生活を創造していく実践にとりくむために、一九二五年羅須地人協会を立ち上げたのだった。』

  教とキリスト教という宗教の違いにも関わらず、魂の輪廻転生、ファンタジー、科学と芸術の融合、農業の重視など、宮沢賢治とシュタイナーの宇宙観や人間観には意外なほど共通点が多いのに驚かされる。特に「芸術にひたされた授業」をモットーとするシュタイナーの考えと賢治の教育に対する態度には、共鳴し合うテーマがあるようだ。
シュタイナー学校では「オイリュトミー」や「フォルメン」と呼ばれる独特の授業や、教科書を使わない代わりに子供達に自ら「エポックノート」を作成させるなど、常に音楽、色彩、リズムにあふれているのが大きな特徴だ。これは『教育は学問であってはならない、芸術であるべきだ。』というシュタイナーの理念に基づいて行われているもので、単なる情操教育とは異なる。例えば、九九やアルファベットをただ丸暗記させるのではなく、知覚の全てを総動員させて、数の法則や、文字や言葉がどのように成り立つのか、というような根本的なクエスチョンへと子供の関心を導くのがねらいだ。このようにして「物事の本質」を発見する不思議さや楽しさを体と心で体験した子供は、自分をとりまく世界に対して受け身ではなく、全身全霊で向き合うことができるようになるだろう。
また、シュタイナー学校には、畑を耕したり、あるいは家を建てたりする「生活科」という授業がある。ご近所に、孫をシュタイナー学校に通わせているスイス人のご婦人がいるのだが、彼女曰く、その子の通っている学校では飼っているヒツジの毛を刈り、その毛をよって毛糸にし、マフラーを編むのだという。また、みんなでパンを焼いたりすることもあるそうだ。この学科の第一義的な目的は、何もパンを焼いたり家をつくるための「技術」を覚えさせることではない。肝心なのは「人間によってつくりだされた世界を、単なる傍観者としてでなく、直接肌で強く実感すること」なのだという。毎日食べているお米がどのようにしてできるのか、どんな人達のどのような労働が、私たちの社会を支えているのか、といった「世界の成り立ち」を見通せる目を育てることが大切なのだ。
シュタイナーは、自分で自分をしっかりととらえて、一番深い内部の欲求から自覚的に行動できることを真の「自由」と考える。子供がこのような「自由な人間」に成長するよう手助けすることが、シュタイナー教育のもっとも重要な課題なのだといえるだろう。

 て、このシュタイナー教育は日本にどのくらい根付いているのだろうか。「シュタイナー教育/リンクと情報」には、思いのほかたくさんの情報がリストアップされており、その関心度の高さが窺われる。シュタイナー教育の理念やメソッドを取り入れた幼稚園や、「あずみのシュタイナー学習会」のように、関心のある人々が集まって草の根的な活動を行っているグループも少なくない。また、「ぽっこわば」「ひびきの村」のように、シュタイナーが提唱するバイオダイナミック農法を取り入れた農業を実践し、シュタイナーが最終的に目指そうとした「社会三層構造」の実践を目指している共同体もある。シュタイナーが播いた小さな種は、一世紀後の今、少しずつ芽を出し始めているようだ。
しかしながら、この種が日本で大きく花を咲かせるまでにはまだ時間がかかりそうだ。「シュタイナー教育思想における一考察 −日本におけるシュタイナー教育の可能性」で論じられているように、「もしこのままシュタイナー教育を日本で行ったとしても、表面的な制度やカリキュラムだけが残り、その底辺には不消化を起こした日本的なものが残ってしまう」可能性があることは否めない。日本語や日本固有の文化に合ったカリキュラムの見直しや、制度的なネックなど、問題は多く残されている。けれども、やっと動き始めたこの小さな胎動が、やがては閉塞した日本の教育の壁に風穴をあけるような大きなうねりになっていくのではないか、という予感と期待を抱かずにはいられないのだ。


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