[Web Travelers]
[写真] 栗田涼子
 ヨーロッパではこのところ、エリカ号の沈没による重油の流出事故や、化学物質によるドナウ川の水質汚染など、人災による大規模な自然破壊の問題が立て続けに起こっています。どろどろに黒く固まった砂浜や、死んでゆく鳥や魚達の映像を見るたびに、本当に胸が痛みます。責任問題が騒がれていますが、原因のもとをたどれば、儲け主義と合理主義だけを追求する超消費社会そのものに、根本的な問題があるように思えてなりません。


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「紋章学」への招待

 葉が芽を吹き始め、ミモザの黄色い花が咲き始めるこの季節。“春の虫”がむずむずと騒ぎ出して、無性に街歩きがしたくなる。「街歩き」といっても、パリのような大都市を散策するのではない。小さな田舎町の路地や裏通りをぶらぶらと歩くのがいいのだ。というのも、古い村や町のあちらこちらに散在する「紋章」を見つけるのが散歩の一つの楽しみだからだ。例えば、古い教会や役場や劇場など公共の建造物、あるいはかつてブルジョワや富農が住んでいた私邸の門や塔や扉口などに、その家に伝わる紋章が施されていることがある。これはフランスに限らず、おそらくヨーロッパのどの国においても同じだろう。紋章には動物や植物文様のほか、建物や武具、人体の一部など、さまざまな図柄が意匠化されていてまったく見ていて飽きないが、絵文字の謎解きのように、これらが実際のところ何を暗示しているのかを正確に理解するのは容易ではない。「ユリの花はフランス王の象徴」という具合に、個々の図柄には固有のアレゴリーや組み合わせのルールがあるらしいのだ。これをある程度知っていれば、紋章ウォッチングも一段と楽しくなるだろう。そこで今回は、紋章を知るウェッブ探索の旅へと出かけてみることにした。

 ずは基礎知識から。“The Reference of haraldry −Fleur de lis−”は、西洋の紋章について解説した数少ない日本語サイトの一つだ。それによると、そもそも紋章は「戦場で個人を識別するため楯に描かれた図案」として生まれたようだ。その起源は古く、英国では12世紀にまで遡ることができるという。戦場で人違いのないように紋章の図案は親子・兄弟間でも異なり、同じ紋章を作ってはならないという厳しいルールに基づいて厳密に管理されていたらしい。当時、紋章は王族をはじめ郷士・騎士・貴族階級のみが使用を赦されていたが、やがては、戦場に行かない女性(家系継承者か貴族で既婚者)、聖職者のほか、国や領地、州、市あるいは組合などの識別にも使われるようになり、「支配権」の象徴として用いられるようになってゆく。また紋章を研究する「紋章学 (heraldry)」とよばれる体系的な学問も生まれ、さらに紋章を統轄する役人(紋章官)も登場する。フランスでは革命後こうした制度は廃止されてしまったようだが、英国では現在でも「 紋章院 (The College of Arms)」という名の官庁が存在し、紋章の発行業務や紋章をめぐる裁判など、国内の紋章の統轄を行っているそうだ。
日本にも西欧の紋章に似た「家紋」がある。家紋World の「家紋の知識を深める」によると、紋は平安時代に誕生し、鎌倉時代頃から敵味方を識別するための重要な印として旗や陣幕に用いられるようになったようだ。江戸時代以降、戦場での印という機能が次第に薄れるてくると、単に家をあらわす印として用いられるようになり、それが今日まで「家紋」として伝えられてきたのだ。紋の起源はヨーロッパも日本も同じだが、両者の違いは、日本の紋は「家」を表す印として基本的には一族がみな同じ図柄を共有するのに対して、西欧のそれはあくまで個人に固有のサインである、という点にある。一つとして同じ紋章を用いてはならない、という厳しいルールが西欧で生まれたのも、この「個の識別」という目的に依っているからなのだろう。

 て、紋章はどのような規則に基づいて成り立っているのだろう。先に紹介したサイト“The Reference of haraldry −Fleur de lis−”の Dictionary に、紋章の基本的なルールや専門用語が紹介されているので、ここからいくつか具体的な例を紹介してみよう。

− 紋章の土台となる「エクスカッシャン」と呼ばれる部分には、おもに楯型・菱形・馬頭型が用いられ、またこの土台を飾る大切な要素である「アクセサリー」として、王冠、台座、動物や人物、無生物や空想の生き物、巻物、ヘルメットなどがある。

− 個人の名前からヒントを得て紋章が作られることがある。例えばシェイクスピア(Shakespeare)の SPEARE は“槍”を意味するため槍を、またハンマートン(Hammerton)伯は、HAMMER(金槌)をかたちどった紋を用いるなど。

− マーシャリング(Marshalling)と呼ばれ、結婚や領土併合に伴って、一つの紋章に二つ以上の家系(もしくは領土、国)の紋を組み合わせることがある。

− 紋章で使われる色は、金属色・原色・毛皮模様の3種類に限られる。その他の色は一切使ってはならない。(色の規則については「コウブチ紋章資料館」に詳しい解説があるので参照されたし!)

などなど、非常に厳密なルールや決まり事に従って紋章がなりったっていることが分かる。これらの規則からはずれないように、しかもディテイルに凝ってほかの紋章との差別化を図らなければならないわけである。

 に、具体的にどのような図案があるのかをみてみよう。様々な紋章をウェッブ上でみるには「西洋紋章学事典」が大変役に立つ。用語解説(英文)のほか、図版資料が千点以上も納められいるので、眺めているだけでも充分に楽しめるはずだ。楯型の地に幾何学的な模様を組み合わせたオーソドックスなタイプの他に、ライオン、ラマ、牛、ウサギ, 蛇、カメレオン、蝶などの動物や昆虫、唐辛子やエンドウ豆などの野菜、槍や斧などの武具、糸巻き、刷毛、桶、パン籠といった生活道具から人骨や髑髏まで、実にバラエティに富んでおり、これらのモチーフや色にはそれぞれ定められた意味があるのだ。
紋章に表された図柄のシンボリックな意味を知るにはSymbolisms of Heraldryが参考になる。例えば、銀色・・・平和と親愛、青・・・ロイヤリティと真実、ネコ・・・自由と勇気・警戒と予測、ヘビ・・・知恵、足・・・強さと安定、というように、「なるほど」と思わせるような象徴的な意味が各々に与えられていて興味深い。これらのモチーフを複雑に組み合わせることで、紋章の持ち主についてのあらゆる情報(例えば一族中での位置、婚姻関係、役職、社会的身分、所有する封土、家系の歴史など)を紋章に書き込んでゆくわけだ。紋章を「読む」楽しみは、パズルのように組み合わされた意味を解読し、そこに秘められた歴史的な事実やエピソードを掘り出すことにあるといってもよいだろう。

 た、同一の紋章でも、時代によってさまざまに変化することが少なからずあるようだ。その一つの好例として、リヨン市の紋章が時代を経てどのように変化していったのかを紹介しよう。
現在のリヨン市の紋章は、「赤地の楯」に「後ろ足で立った銀色のライオン」が施され、楯の上部は「ロイヤルブルー」の地に「金色の三つの百合の花」が配されているが、中世の時代、リヨン伯爵の紋章は単に赤地に「銀色のライオン」というシンプルなものだった。その後1320年頃、リヨン伯爵はフランス王家の庇護を受けることになり、これを機に、フランス王家の象徴である百合の花がライオンの図柄に加えられるようになった。やがてフランス革命に際して紋章は廃止されるのだが、1809年にナポレオン1世はこれを復活させ、旧王家の象徴である百合の花は排除し、その代わりに、新しい皇帝であるナポレオン自身を表す「3匹のミツバチ」が付加されることになった。しかし、その後の王政復古時代にはまたもとの伝統的な百合が返り咲き、1819年には新たな国王ルイ18世の象徴としてライオンに「剣」が付け加えられた。がその後の「7月王政」の成立に際して、またしても百合が排除され、1830年には中立の象徴である「星」が用いられることになった。その後、今世紀に至るまでこの紋章が続いたが、20世紀の初めリヨン市議会の決定によって、星を廃して伝統的な百合の文様が復活することになった・・・とか。やれやれ、何とも長く複雑な物語である。
知れば知るほど奥が深い「紋章学」。今回のサイトめぐりのおかげで、今年の春は散歩が一層面白くなりそうだ。


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