[Web Travelers]
[写真] 栗田涼子
 フランスのオピニオン紙 le Point から、ニッポン特集号が先週発売されたのでさっそく買ってみました。再キティブームや、底が30センチ以上もある靴の流行、若いお母さんの公園デビューなど、今の日本の風俗についてフランス人の視点からレポートされていたのですが、浦島太郎になったような気持ちで読みました。フランスでは日本といえば ZEN(禅)の国というイメージが強いのに、この記事が彼らにどのように理解されたのか・・・、興味津々でもあります。


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春を呼ぶ祝祭、カーニヴァル!

 の花を愛でながら、飲んだり食べたり歌ったりする花見の風習は、日本では昔から春の宴として民衆の生活に根付いてきた。一方、ヨーロッパをはじめとするキリスト教圏の国々では、「カーニヴァル」によって春の訪れを喜び祝う風習がある。ここ南仏地方でも、有名なニースのカーニヴァルが、今年もまた華々しく行われたばかりだ。
カーニヴァルとは、ラテン語の carne(肉)と vale(さようなら)を合わせた言葉で、日本語では謝肉祭と呼ばれるカトリックの重要な祝祭のひとつだ。このカーニヴァル、四月の復活祭に先立つ「四旬節」の前に、およそ3日間(長いところでは1週間〜1ヶ月)にわたって行われる。四旬節とは、キリストが荒野で断食した四十日間にちなんで定められた断食月で、昔からこの期間中は肉食を控えて身を慎むという習慣があった。「肉よ、暫しさらば!」つまりカーニヴァルは、断食に入る前に飲んで踊って大いに楽しもう、という祭りなのだ。

 界で最も有名なカーニヴァルといえば、誰もがブラジルはリオのカーニヴァルを思い起こすだろうが、最近ではこれに倣って世界各国でサンバ・カーニヴァルが行われている。世界中のカーニヴァル情報を紹介するサイト(carnaval.com)をみると、サンバはもともと暑い南米ブラジルの風土に根付いた民族音楽にもかかわらず、寒い北欧の国々をはじめ、パリやニューヨーク等の大都市、果てはカトリック信仰にはなんの縁もない地にまで伝播していることに驚く。浅草がそのよい例である。多くの古い風習や儀礼と同様に、カーニヴァルもまた、本来の宗教的な意義はほとんど薄れて、今では単なる賑やかなお祭りパレードとして受け入れられているようだ。
仮に、カーニヴァルや復活祭がキリスト教の祝祭であることを知っていても、これらの儀礼がキリスト教以前には、もともと古代の春祭りだったことを覚えている人は少ないだろう。クリスマスはもともと冬至の祭り、また復活祭は春分祭であったことは、現在ではほとんど忘れられてしまっている。サンタクロースやクリスマスツリーといったお馴染みのクリスマスの風習は、キリスト教がヨーロッパ各地に伝わる土着宗教や民俗的な風習を吸収・合併してゆく過程で生じた“副産物”の寄せ集めに他ならないことは、レヴィ・ストロースがその著書で明らかにした通りだ。(「サンタクロースの秘密」せりか書房)
またカーニヴァルは、カトリックの教義においては断食月に入る前の祝祭というキリスト教的な意義が与えられているが、本来、長く厳しい冬(=キリストの死)を追い出して太陽を呼び戻し、植物が再び目覚める春(=キリストの復活)を迎え入れるための原始的な祭式がその起源だと考えられている。このことは、各地に今も残っている春の民俗行事からも容易に想像できるだろう。スイスのイベント・祭りには、その好例がいくつか紹介されている。
例えば、レッチェンタールという村々で行われる春祭りでは、冬を象徴する悪魔の群が村を駆け回り、祭りの最後の日に村から去ってゆくという祭りが行われているという。また、チューリッヒでは復活祭後の月曜日、冬を象徴する「ベェーグ」と呼ばれる大きな張り子の雪男が立てられ、その雪男を焼き殺すという火祭りが現在も残っている。日本では、鬼を追い出す「節分」がこの儀式に相当するだろうし、またアイヌ民族の「イヨマンテ(熊追い)」もまた、こうした儀礼の一つと考えてよいだろう。「人間に食糧や衣服をもたらしてくれる獲物には丁重に祈りを捧げ、ふたたび土産をもって自分たちのところへ戻ってきてくれるようにとカムイモシリ(神の国)へ儀式をして見送る」とあるように、生け贄となった熊が一度死者となってまたこの世で再生するという信仰は、他の春祭りと同様に、新しい年の豊穣を願って行われる「死と復活」の思想そのものだ。
このように、新しい生命を迎え入れるために、古いもの、悪しき季節を追い出す(あるいは見送る)という信仰は、さまざまにスタイルを変えながら、現在も春祭りとして生きながらえているのだ。

 に、カーニヴァルの祝祭空間のもつ象徴的な意味について考えてみよう。これまで見てきたように、カーニヴァルは死と再生の思想に深い関わりをもった祭りであることは確かなようだ。よく言われることだが、狂騒や踊りによって神々の時空(あるいはカオス、あの世、非日常空間)を一時的にこの地上に作り上げる祭り、つまり象徴的に「死=冬の象徴」を再現し、それを送り出すための祝祭だといえるだろう。魑魅魍魎とした世界の秩序が誕生する以前の混乱状態を、カーニヴァルによって再演するというわけだ。
この混沌状態を作るためのに、カーニヴァルの祭りにはさまざまな象徴的な仕掛けがある。例えば、カーニヴァル期間中にだけ赦されている“悪ふざけ”がその一つだ。
暦についてのさまざまな話題を紹介するサイト「おこよみ焼き」によると、ヨーロッパの古い風習では、カーニバルの間は次のような悪ふざけが行われていたようだ。

1)動物や通行人に対するからかいや虐待
2)水の引っかけ合い、または卵やオレンジ、お菓子などを投げ合う
3)盗みや道路の妨害、荷馬車を木に吊すなどの悪戯
4)女装や男装

 た、カーニヴァルには欠かせない小道具である仮面や仮装もまた、カオスを演出するための重要な要素の一つである。Webmag特集「韓国仮面劇と能」で、仮面のもつ呪術性や超現実的な側面が具体的に示されたように、ヨーロッパの祝祭空間においても、仮面は重要な役割を担って来たようだ。有名なヴェネツィアのカーニヴァルにおけるマスクの解説によると、かつてヴェネチアでは、仮面によって身分を隠すという意義が特に重視されていたらしい。特にカーニヴァルの期間は何をしても許されるという約束があったために、人々は仮面の裏に素顔を隠して、さまざまな悪戯や悪ふざけを楽しんだようだ。 例えば高貴な人が“banaboti”と呼ばれる仮面を付けて道端で物乞いをしてみたり、“bauta”という最も一般的な仮面を付けた修道僧が束の間の「情事」を楽しんだり、といった具合だ。仮面を付けるだけで社会的身分やタブーの境界線が消え去り、日常空間は混沌としたカオスへと様変わりする。まさに、魔法の仮面である。

 た時に、カーニヴァルには怪物や道化など“異形”の人物や伝説上の動物が参加することがある。これもまた、異化作用によるカオスの出現と見なしていいだろう。
フランスにおける興味深い例として最後に、北部ピカルディー地方の港湾市ダンケルクの巨人カーニヴァルを紹介しよう。
このカーニヴァルは「巨人の国」伝説に基づいて再現されるもので、ダンケルクでは16世紀以来の伝統的な行事として根付いている。さらに古い記録によると、13世紀のポルトガルや15世紀のベルギーにも、同様の風習があったようだ。戦士、パン屋、赤ちゃん、漁師、海賊、悪魔、野人など、約二百種類の巨人によって王国は成り立っており、カーニヴァルの間、重さ370kg、高さおよそ8メートルにも及ぶ強大な張り子の巨人を、数人で操りながら町を練り歩くという壮大なスケールのお祭りだ。サイトでは、どうして巨人なのか?・・・という肝心の説明が抜けているために、今回はその興味深い理由を探ることができなかったが、ガルガンチュア物語やガリバー伝説などにも、案外関係があるのかもしれない。

 来のフォルクローアな意義が失われて、ますます形骸化・ショービジネス化しつつあるカーニヴァル。けれども地方には、昔を髣髴とさせるような破天荒で面白い祭りの風習がまだまだ残っているようだ。プロヴァンス地方にも怪獣タラスクの行列など、不思議な伝説ニ基づいたカーニヴァルの風習があるので、それはまた別の機会に紹介することにしよう。


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今回アクセスしたページ
  • Benvenute
    (http://www.carnivalofvenice.com/it/index.html)
    • MASK
      (http://www.carnivalofvenice.com/uk/antico/maschere/index.html)