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[写真] 栗田涼子
 意を決して、夫と共にダイエットを始めてから六日目が経過しました。御近所の奥さんが2年間で40kgの減量に成功したという“秘技”(普通に食事をしてもよいが、一週間のうち一日だけ完全絶食するという方法)を3ヶ月続けるというプランです。目標は−5キロ!明日がいよいよその絶食日なのですが、水しか口にできないとは・・・キツイです・・・


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魂の言葉 ── アウトサイダー・アートの現在

 1993年の秋、東京の世田谷美術館である印象的な展覧会が開かれた。『パラレル・ヴィジョン ── 20世紀美術とアウトサイダー・アート』と題するこの展覧会は、ロサンゼルス・カウンティ・ミュージアムの主催による東京巡回展で、アウトサイダー作家の作品と、それらに影響を受けた主流(インサイダー)の芸術家たちの作品を対比させながら、相互のつながりを総合的に探求しようとしたおそらく初めての展覧会として、当時少なからぬ話題を呼んだ。あれから7年経った現在、欧米においてはもちろん、日本でもこの「アウトサイダー・アート」と呼ばれる一種特異なジャンルに、より多く世間の耳目が注がれるようになった。それにともなって大小さまざまな活動が行われ、美術関係者のみならず、一般の人々の関心は今日ますます高まりつつある。
折しも日本では、アウトサイダー・アートコレクションの大規模な展覧会が、メルシャン軽井沢美術館で幕を開けたばかりだ。そこで今回は、数ある関連サイトを手がかりにしながら、アウトサイダー・アートの現在とその意義を探ってみることにした。

 まず、「アウトサイダー・アートとは一体何か?」という基本的な問いから始めなくてはならないだろう。一般的には「精神障害者や幻視者、無名の独学者や子供など、美術界のメインストリームの外で創作を行っている人々による造形」と解釈されるが、専門家によって定義づけの基準がそれぞれ異なるために、分類の方法もまたその呼び名も多種多様ある。主にヨーロッパではフランス語のアール・ブリュット(生"なま"の芸術)、またアメリカでは アウトサイダー・アート(局外者の美術)という呼称が定着しているようだ。国際的な専門誌『Raw Vision』の解説をもとに、その定義内容をまとめてみよう。

■アール・ブリュット(l'Art Brut)
フランスの芸術家ジャン・デュビュッフェによって収集された「既成の文化や社会から疎外された人々、特に精神病者や強迫的幻視者による作品コレクション」の総称(1945年)。これらの造形は文化によって「調理」されていない生(Brut)のままの力強さと純粋さ、それまでのいかなる美術様式にも影響を受けない独自の技法やスタイルを有しているのが特徴。また作り手は自らを芸術家であるとはみなしておらず、美術作品を制作しているという認識すらもない場合が多い。精神病院や収容施設でデュビュッフェによって見出され、収集されたこれらの作品は、現在スイスのローザンヌに Le Collection de l'Art Brut として保管され、原則としてこれ以外の作品に、アール・ブリュットという名称を与えることは許されていない。

■アウトサイダー・アート(Outsider Art)
1972年に批評家のロジャー・カーディナルによって名辞され、アール・ブリュットに代わる名前として主に英語圏で普及している。デュビュッフェのアール・ブリュットとほぼ同義であるが、同コレクションには含まれなかったが、後にそれらと同等の価値をもつと判断された作品もその範疇に含まれる。

 た、上記の定義には当てはまらないアマチュア作家の作品、例えばフォーク・アートやナイーブ・アート、プリミティブアート等は、アウトサイダーとは区別されている。これら全てを総称する呼び名として、Visionary(幻視的)Art、Intutive(直観的)Art、Marginal(周縁的)Art、Selftaut(自ら学んだ)Art などがあるが、それぞれの条件が互いにクロスオーバーすることもあるため、厳密に区分することは実際には難しい。いずれにしても、アウトサイダー・アート(アール・ブリュット)と、それ以外の作品との根本的な違いは、前者が純粋に彼ら自身のために制作されたもので、その結果、意図せずして「人間の初源的な心の領域から溢れ出てしまった表象」であるのに対し、後者にはもともと作意があったり、自ら作家であることを自覚していたり、民族的な伝統を背景にもっていたりという点において、アウトサイダー・アートとは区別されるべきだろう。
またアウトサイダー・アーティストの多くが、分裂症などの精神的な病をもっていたり、霊的能力に秀でた人たちであることも大いに留意されるべきだ。私たちと同じコミュニケーション手段を用いない代わりに、彼らは身のまわりにある身近な材料を使って、自らの内なる世界を表現しようとする。「魂の言葉」とでもいうべきそれらの表象は、私たちが感知し得ない「向こう側の世界」に限りなく近いものだ。それゆえに、観る者の心を強く揺さぶるのだろう。

 こで少し、アウトサイダー・アートの歴史を跡づけてみよう。デュビュッフェによってこれら一群の作品が美術界に紹介されるずっと以前、その芸術的な価値をいち早く「発見」し、それらを体系的に研究しようとしたのは、美術史家でも批評家でもない、精神医学の医師たちだった。中でも、デュビュッフェを開眼させる直接のきっかけとなった、ハイデルベルク大学の精神科医ハンス・プリンツホルン(1886-1933)のおよそ6000点にも及ぶ精神病患者の作品コレクションと、その研究に基づいた著書『精神病者の芸術性』(1992年)の重要性は計り知れない。これらの作品はもともと、精神治療の過程で患者によって創作された一種の「症例」として病院に保管されていたもので、1920年代になってようやく、ドイツやフランスを中心に、数人の精神科医たちによってその類い希な芸術性の高さと重要性が認められだした。
プリンツホルン博士等の仕事が、その当時の芸術家たちにどれだけ強いインパクトを与えたかは私たちの想像に難くない。“主流”のアーティストたちは、これら精神病患者の作品の中に「普遍的な芸術原理」ともいえるような力強い生命力を鋭く見出したのだ。彼らがそこから得たものは、シュールレアリスム運動や抽象芸術の誕生など、その後の重要なモダンアートの潮流に受け継がれていったことは、先の「パラレルビジョン展」でも示されたとおりである。

 て、堅苦しい説明はこれくらいにして、インターネット上で観られるアウトサイダー・アートをいくつか紹介しよう。
まずは、毎年一人ずつアウトサイダー・アーティストを紹介している資生堂の銀座アートスペースから。このサイトでは、過去に展示された6人の作家の作品を鑑賞することができる。
例えば、デュビュッフェによって高く評価されたアロイーズ・コルバス(1886-1964)のドローイングには、分裂病独特の妄想的ビジョンが描かれているが、その鮮やかな色彩感覚や大胆な構図は、当時のインサイダーの画家たちに少なからぬインスピレーションを与えている。また、マッジ・ギル(1882-1961)は、ある時突然に激しい芸術的欲求に捕らわれ、それ以後、彼女自身がミルニナレストと名付けた霊の導きに従って、ほとばしるように素描や絵画を制作した作家だ。

 ンリー・J・ダーガー(1892-1973)は、まったくの孤独な生活の中で、彼の生涯ほとんど全ての時間を費やして『非現実の王国として知られている国の、ヴィヴィアンの少女たちの物語。あるいは子供奴隷の反乱が引き起こした、グランデーコ=アンジェリニアン戦争の嵐の物語』というタイトルの長大な歴史物語を書き上げた人物だ。彼の死後、アパートの私室から発見された1万5000ページにも及ぶこの物語は、雑誌や本から切り抜いた図柄を貼り付け水彩を施した、多くの美しいコラージュ画によって装飾されていた。彼は現実の世界に身を置きながらも、非現実の王国の住人として孤高のアウトサイダーの世界に生きていたのだ。

 便配達夫フェルディナン・シュヴァル(1836-1924)もまた、ダーガーと同様、夢の世界を築き上げることに生涯を捧げたアウトサイダー・アーティストの一人だ。シュヴァルは配達夫の仕事のかたわら、コレクションした石や貝殻、化石などを嵌め込んだ彼自身の「理想宮」を創り上げることに33年もの歳月を費やした。彼が建てた幻想的な宮殿はシュールレアリストたちの熱烈な支持を受け、当時は彼らのメッカとなっていたほどだ。(今では、多くの観光客を集めるプロヴァンス地方の観光資源の一つだが)アウトサイダー・アート専門の美術館として、先に紹介したスイスのアール・ブリュットコレクション美術館が先駆的だが、近頃では新しくこの手のミュージアムが創られはじめているようだ。1996年、モスクワにオープンしたアウトサイダー・アート美術館では、主にロシアや東欧の作家の作品が公開されている。カテゴリーをやや拡大して、この美術館ではナイーブアートやマージナルアート等ほかのジャンルの作品も同時に収集しており、ホームページ上でも多くの作品を鑑賞することができる。また、アメリカのバルティモアに新設されたアメリカン・ヴィジョナリアート美術館も同様に、独学の無名アーティストによる作品を精力的に収集しているミュージアムとして注目される。その他、Intuit(The Center for Intuitive and Outsider Art)Association Art Brut etc.のように、情報の収集と公開、機関誌の発行やシンポジウムの開催など、アウトサイダー・アートの普及に向けて無報酬で活動を行っている団体もある。サイト上では世界中のアウトサイダー・アートに関連する展覧会情報や関連リンクなど、詳しい情報が入手できる。

 らに最近では、福祉事業との連携によって、障害者の芸術活動をバックアップしようという活動も盛んに行われているようだ。特にアメリカには障害者のための芸術センターが全国規模に広がっており、アウトサイダー・アーティストの発掘とその支援に貢献している。アメリカ障害者芸術機関(NIAD)Hospital Audiences,Inc.(HAI)がそのよい例だ。これらの機関には創作のためのスタジオ、作品を紹介するためのギャラリー等の機能が備えられ、障害者やホームレスを対象としたワークショップが定期的に開かれている。彼らの中から現代のアウトサイダー・アーティストとして新しく見出され、世に出た作家も少なくない。サイト上では彼らの作品が公開されており、購入することも可能だ。 また日本でも、障害者の創造的能力をバックアップするための様々な試み(全国公募展、企画展、フォーラム、ワークショップ、スタディツアー、調査研究、実験的アトリエ活動など)が、日本障害者芸術文化協会を中心に精力的に行われている。

 のように、アウトサイダー・アートというジャンルが市民権を得て、その重要性と意義が広く認められるようになった背景には、それを後ろから支えるこうした様々なネットワークの存在があることは強調されるべきだろう。それまで「ファインアート」という閉塞した牙城の中に閉じこめられていた美術が、専門家とこうした一般市民の共同作業によって、より開かれたものに変貌しようとしていることは喜ばしい。
第二次大戦後、“反芸術・反文化”の名のもとに登場し、主流の芸術の「外側」に位置づけられていたはずのアウトサイダーが、半世紀後の現代、モダンアートの一つの重要な潮流としてその「内側」にとり込まれ始めている感さえある。インサイダーとアウトサイダーの境界線が今まさに消えようとしているのだ。近い将来、もしかしたらこの二つを区別することの意味すらなくなるかもしれない。



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