[Web Travelers]
[写真] 眞柄裕美
 この間、劇団の養成所時代の仲間と飲んでいて、茨木のり子さんの詩集「倚りかからず」が売れているという話題になりました。養成所(黒テントの赤い教室)では、自分の好きな詩を選んで朗読する授業があって、茨木のり子さんの詩を朗読した人もいたので、昔を懐かしんでいました。それにしても、日本で詩集がベストセラーになるなんて・・・、これぞまさしく世紀末ニッポンだね〜、としみじみしてしまいました。


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自然農法を実践する人々

 日、テレビを観ていたら、古代人が食べていた赤米という米の栽培を試みる人の様子が映し出されていました。珍しい種類の米をわざわざ育てるのだから、きっと農薬や化学肥料は使わず、堆肥を使ったり、アイガモに草刈りをしてもらったりと、いわゆる有機農法をするのかなと想像しながら観ていたのですが、この人は農薬や化学肥料を使わないだけではなく、何と土を耕しもしないし、草を抜きもしないのです。
田植えの時には、雑草やワラを敷き詰めて、その隙間に稲を植え、やがて雑草が生えてきてもそのままで、その田んぼはどれが稲で、どれが雑草なのだかわからないくらい草が生い茂っていました。でも、その人は、古代米は生命力があるから、このような自然農法で育つのだと自信をもって語っていたのです。「自然農法」? 「自然農法」って「有機農業」と違うの? とちょっと気になったので、ウェブ上で調べてみました。すると、この「自然農法」で農業をする人たちのサイトがかなりあり、どうやら自然農法とは、有機農業と一線を画するものであるらしいということがわかってきました。農薬や化学肥料を使わないということでは、自然農法も有機農業と同じですが、自然農法は、さきほどの赤米の栽培のように、土を耕さず、草もできるだけひかずに、自然に任せるのが基本です。有機農業では、肥料に生ゴミや家畜の糞尿から作られた堆肥を使うのですが、自然農法では、落ち葉と雑草、ワラぐらいしか使わないそうです。そんなシンプルな方法で農作物がどうやって育つのだろう? もし、この農法で作物が育つなら、かなり画期的なのではないか、と興味津々で「自然農法」のサイト巡りにでかけました。

 ず、日本で「自然農法」といえば、福岡正信さんが、その先駆者としてよく知られているようです。「自然農園とは何か」には、自然農法の基本的な特徴として、1.無耕起、2.無除草、3.無農薬、4.無肥料、が挙げられています。1の無耕起は、森林の土は耕さなくても木々が育つのだから、畑でも耕す必要がないという考えで、2の無除草は、れんげやクローバーなど丈の低い植物で地表を覆って、雑草を生えさせないという方法です。この福岡さんの提唱する「自然農法」、実際に日本の田畑で実践されているのかどうか、他の人の田んぼや畑で見てみましょう。

 「Natural Agriculture」には、“美輪そうめん”で有名な奈良県桜井市で自然農法を始めて7年、勤めをやめて本格的に自然農法に取り組んで4年という経歴の持ち主が登場します(「奈良」)。このHPで、自然農法は、一切の農薬、肥料、除草剤等を使わない、なるべく耕さず、雑草を敵としない、雑草や小動物との共栄共存をはかると定義されています。この農法で作物を育てていれば、当然畑は草だらけになるはずで、畑に見学にきた人からは、「どこに何が植えてあるかわからない」と言われ、周りの農家のおじさんからは、初めの頃、「あんたの畑から病気や虫が飛んできたら困る」 と言われたそうです。実際にはそんなことは一度もなく、今ではとても仲良くしているそうですが。周りの農家の人たちは従来の農薬と化学肥料を使う方法で作物を作っているようなのですが、どうやらこの自然農法に興味があるらしく、見学にきてはいろいろ質問をしていきます。台風の被害で多くの農家の稲が倒れた年に、自然農法で作られた稲の中には倒れなかった種類もあったそうで、隣の農家のおじさんからは、「周りの人も言ってたけど、高い金かけて農薬や肥料をまいたけど、台風でやられてしもうた。結局、あんたの方法が一番いいと言ってたぞ」と言われたそうです。
また、「だけど、あんたの所は人が大勢来てくれるからなぁ…」とも言われたということで、確かに田植えの写真を見るとたくさんの仲間(しかも若い衆)が集まって協力しています。どうやら今のところ、コストはかからなくとも、人手はかかるようで、“人手のかからない農法”を実現し周りの農家の人たちを納得させることも課題の一つのようです。
さて、土を耕さない自然農法でどうして作物がとれるのかは、「桜井の畑」に書かれています。それによると、耕さない畑には、雑草の根が地中深くまで伸びてゆき、その根が枯れると共に微生物が繁殖し、栄養になるからだそうです。また、枯れ草や落ち葉は、土を固めず、乾かさず、温めるという効果があり、ミミズやもぐらなどが居着いて、土が膨軟となり、生命力が豊かになっていくとのことです。それから、種子も重要で、品種改良されていない固定種(奈良県の地方品種など)を自家採取して栽培した方が、市販の種よりも発芽率が良く、病害虫にも強いそうです。
ところで、自然農法でできた野菜ですが、形は不揃いでも、味が濃いそうで、「野菜に甘味がある」「昔の野菜の味がする」「野菜嫌いの子供がおいしいと言って食べるようになった」と喜ばれているということです。

 然農法のサイトでは、他に定職を持ちながらも、余暇を使って農作業をしているという人も多くいます。「h-log of art/新しい農業のスタイル」の作者、ログさんもデザイン関係の仕事をしながら、趣味で自然農法に取り組んでいます。趣味といっても米から野菜まで作り、稲の成長推移を記録し、自然栽培による収穫データを公表して、とても本格的です。「農業の芸術」では、自家採取の種を譲ってくださるそうです。ログさんも、先ほどの桜井の人と同様、市場に出回っている種が連作障害の原因になっていることを指摘してます。「自然栽培について」には、技術は重視せず、自然を尊重して自然に習って取り組むという自然栽培の基本が書かれています。「青空市場」では、自然農法で育てられた野菜が販売されていますが、これもなかなかおいしいと評判を集めています。「稲作の作業日誌」では、先ほどの「Natural Agriculture」と同様に、田植えや稲刈りには、大勢の仲間が駆け付けて、協力しています。ログさんのHPでは、自然農法を、まず家庭菜園といった身近なところから始める事をすすめています(「誰でもできる家庭菜園!」)。

 「のんちゃんと未来生のデジカメ農作業日記」で写真で見ることができます。例えば、1998年12月の写真は、ラディッシュの苗なのですが、ラディッシュが干し草の上に生えているのかと一瞬思うくらい、地面の上に重ねられた干し草がリアルに写し出されています。畑も土が見えないほど干し草が敷き詰められ、自然農法の特徴が伝わってきます。
「げすと・ぶっく」では自然農法の情報交換がされていて、畑はなくとも家庭菜園で、庭はなくともプランターでと自然栽培を楽しんでいる人たちとのメール交換もされています。メール交換は、「のんちゃんと未来生」さんに限らず、自然農法のサイトでは盛んにおこなわれ、HPを作る側もメールを送る側も、試行錯誤をしたり自然農法仲間と意見を交換して、いろいろ工夫しています。農作物の成長を見守りつつ、自分でいろいろ考えて工夫をするというのも、自然農法の楽しみの一つのようです。このHPの未来生さんが自然農法を学んだところが「赤目自然農法塾」というところですが、そこの様子も写真で報告されています。

 「自然農/自然農メーリングリスト/赤目塾/川口由一/100」は、その赤目塾のメーリングリストで、会員に登録すれば自然農法を実践する人たちと交流ができます。
赤目塾では、川口由一さんが毎月第二日曜日に自然農塾を主宰し、各地から人が集まってくるので、自然農法を学ぶ拠点の一つになっているようです。川口さんは、北は宮城から南は福岡まで定期的に指導にいかれるそうです。このページには、冒頭の福岡正信さんの略歴も載っていますが、福岡さんの著書、「わら一本の革命」は、自然農法を志す人たちのバイブルのような存在だそうです。

 口さんの著書を転載したページ、「川口由一/自然農の心と実践」では、川口さんの考える自然農の神髄に触れることができます。それによると、早くに近代化が進み、深刻な環境破壊に直面したヨーロッパから有機農業がうまれ、その有機農業よりも奥深く、根底から問い直す思想哲学として日本から自然農法が誕生したということです。
自然農については、“耕さず、肥料・農薬を用いず草々虫達を敵とせず、総てが同根一体の営みとする大自然の大いなる営みに任せると同時に個々個々の生命に添い、必要に応じて手を貸してゆく農”と定義し、自然の摂理を理解することの大切さを説いています。

 然農法といっても、ネット上で調べるまでは、作物を作る方法の一つぐらいとしか想像していなかったのですが、いろいろなサイトを見るうちに、思想とも呼べる考え方に支えられた方法であることがわかりました。生き物が本来持っている力を十分に発揮できるように、人はできるだけ手を加えず、その生命力にゆだねるという考え方。
こういう考え方に感銘を受け、共感する人たちが、自然農法を実践しています。また、実践することで、実感できることもあるらしく、先ほどの奈良県桜井市で自然農法に取り組む人も、6年間、作物の成長を見守るうちに、「なんて自然は神秘的で強いのだろう」ということを実感し、人間性を取り戻したと語っています。自然農法の実践では、自然の摂理にそって農作物を収穫することが第一の目的ですが、それ意外に作業の過程で作り手が自然の持つ生命力を感じ取り、自然の営みを学んでいくことにも意義があるようです。その意味では、家庭菜園やプランターといった小さな栽培でも、何かしら自然の力を実感し、自然を学ぶきっかけづくりに役立つかもしれません。都会のアスファルトの上でゴミになる運命の落ち葉をかき集めてプランターにのせてみる、そんな身近なところからでも、自然農法は始められそうです。



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