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[写真] 眞柄裕美
 今年から成人の祝日が第二月曜に振り替えになり、連休が増えたのは嬉しいのですが、15日というのは昔から小正月という年中行事の日だったそうで、祝日が平日になっ て伝統行事への参加者が減っていくのは残念な気もします。それでも二月の行事、豆まきは、いまだ生活にしっかりと根付いていて、豆まきをされた方も多かったのではないでしょうか。我が家でも鬼のお面をかぶって撒いたのですが、4歳の息子が「鬼は〜、そと。福は〜、そと」と大声を張り上げたのには、あわてました。


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保護者の視点で考える教職員の人事考課制度

 が公立小学校に通っているため、学校教育については考えさせられることが多いのですが、このところちょっと気になっているのは、人事考課制度の問題です。この制度、平たく言ってしまえば、校長先生と教頭先生が教師を評価し、その評価にもとづいて教師の給料が決定されるというものです。民間企業では、ここ数年、能力給を取り入れるところが増えてきましたが、そのような競争原理を教育現場にも適用しようというのが教職員の人事考課制度です。といっても、この制度は全国区の話ではなく、東京都の公立学校でのことです。現在、都の教育委員会はこの4月からの導入を目指し、着々と準備を進めているそうですが、管理職の評価で職員の賃金を決めるこの制度には、さまざまな問題があるらしく、教職員や保護者から導入に反対する声があがっています。教職員の人事考課制度にどのような問題があるのか、制度の導入により教育現場はどのような影響を受けると予測できるのか、ネット上の声をひろってみました。

 京都教育庁のサイトには、この制度の導入を検討する段階で、教職員組合やPTAから寄せられた意見が掲載されています「『中間のまとめ』に対する関係団体の意見」。各団体の賛成意見、反対意見、都教委への要望などを読み比べると、この制度の持つ問題点がいくつか浮き彫りになります。その中から目についた問題点を、独断と偏見で抜き出してみました。
それらは、職場の人間関係への悪影響、評価者と評価基準の問題、子どもの発達を教員の評価のために急がせてしまう危険性、導入に際しての検討不足などです。

 ず、職場の人間関係への悪影響については、例えば、東京都公立学校教職員組合は、“行政・学校・教職員の信頼関係を破壊”し、“共同・協力の体制に疑心暗鬼が生まれ、学校が機能しなくなる”ことを懸念しています。東京都高等学校教職員組合も、この制度が“教職員の協力・共同を壊”し、職場の信頼関係をだめにすると考えています。
これらの主張は、教職経験のないわたしでも納得できます。まあ、露骨な言い方をすれば、一定の額を職場の同僚で奪い合うことになるので、連帯感が敵対心に変わることもあるでしょう。しかも、その評価基準は、例えば企業の営業成績といった一目瞭然の数字ではなく、形が見えにくいため、同僚がいい成績、つまり高い給与を受け取っても、釈然としないこともあるだろうと想像できます。

 の評価というのも、問題です。まず評価をする側、校長先生や教頭先生の問題ですが、アイム'89・東京教育労働者組合によれば、“ほとんどの学校の校長や教頭が『授業を時々見に行くぐらいではちゃんとした評価なんて土台無理な話だよ』と打ち明けている”そうです。これは評価をする側の発言ですが、評価をされる教職員の意見もあります。“教員の中には、校長の今までの態度、行動などから、校長に評価されたくないと感じているものもある、”“週に1、2日程度しか学校にいない校長がいたり、他の校種から移動してきた校長もいたりして、教員のことを本当にわかっているのか、それで公正な評価が可能なのか、絶対できないことだと考える”という意見は、東京都障害児学校労働組合から。東京都教職員組合は、“評価者による恣意的・主観的『評価』しかできない”と人が人を評価することの難しさを挙げています。
そのような恣意的、主観的な評価を避けるためかどうかはわかりませんが、都の教育委員会は、独自の評価基準を作っています。では、彼らは、どういう教師が優れている、或いは評価が高いと考えているのでしょうか?「教育職員の人事考課制度について(最終のまとめ)」「資料3 評価基準・教諭」には、管理職が教員を評価するための評価基準の表が掲載されています。まずはこの表をご覧になってください。皆さんは、これをどう考えますか? わたしは、この表を見て評価をする要素が足りないと感じました。ここからはあくまでも主観的な意見なのですが、例えばこの基準には「ユーモアのセンスがあるかどうか」という要素が欠けていると思います。「ユーモアのセンス」は、わたしにとっては良い教師の条件の一つです。その理由は、ユーモアのセンスがあれば、困難や苦労に直面した時でも、例えば自殺するとか、破滅するという状況に陥りにくくなると思うからです。ユーモアのセンスで人間が強くなるわけではないでしょうが、困難をやり過ごす術にはなると思います。こういうセンスを身につけることは、子どもが大人になって生きていく上で、教科書の知識を暗記するよりも、役に立つはずで、生きる力をつける教育と言えるのではないでしょうか。だからユーモアのある先生は、高く評価されるべきだと思っています。これはわたしの意見で、人によっては、もっと違う評価基準をあげるでしょう。例えば、子どもたちといつまでも鬼ごっこをしていられる強靱な体力の持ち主とか、昆虫にとても詳しいとか、子どもの悩みをいつも親身になって聞いてくれるとか。人によっては、弱いところを生徒の前でさらけだす教師がいいとか、すごくだらしなくて、反面教師になるような人がいいと言うかもしれません。
このような意見は教育委員会の評価基準と全然違う方向を向いていて、議論の上では全く噛み合わないでしょう。でも、評価される教師の中には、こういう魅力的で、個性的な特質をいろいろ兼ね備えていて、たとえ教育委員会の評価基準からはずれていても、大きな教育的効果を持っている人もいると思うのです。子どもの教育にとって、どういう教師がいいのか。これはものすごく難しい問いだと思います。

 た、人事考課制度は、子どもの発達を教員の評価のために急がせてしまうという問題も孕んでいるようです。「『中間のまとめ』に対する関係団体の意見」の「(9)東京都障害児学校教職員組合の5.「児童・生徒の変容」と教員の実績評価」では、教員への評価が子どもの発達に及ぼす影響について指摘しています。

 “児童・生徒の発達による変容は、常に右肩上がりではない。行きつ戻りつしたり、変化が見えないときもある。それは次の段階へ発達するための力を蓄えているときかもしれない。大切なのは、その子ども自身の発達する力に合わせてじっくりとかかわり、その発達に対して援助することである。しかし、それが教員の評価になり、賃金や処遇に結びつくとしたら、子どもをせかしたり、目立つ変化を追い求めたりと、教育のありようをおおきくゆがめてしまう危険性がある。”

   の指摘もよくわかります。担任するクラスのテストの点数が上がれば、先生の給料も上がるということになれば、詰め込み教育をしたくなる気持ちもわかります。考課制度の導入で、子どものための学校、子どものための教育、という一番基本的な部分が忘れられて、本末転倒になるのではないかと心配になります。

 れから、「『中間のまとめ』に対する関係団体の意見」には、この制度の導入を急ぐ「検討委員会」の動きを批判する文章も目につきました。東京都障害児学校教職員組合は、人事考課制度の導入を“教育に関わる重要な国民的問題”とし、“都民的に広く議論を公開し、時間をかけて教育現場の実態を把握しながら検討を進めるべき”と訴えています。どうして検討委員会は、こんなに問題だらけの考課制度を、十分な論議もされないまま、早期に実施したがっているのでしょう?
都教委・人事考課制度検討委員会の「最終報告」についての都教組執行委員会見解」によれば、“石原都知事がめざす「子ども・教職員・学校間に徹底した競争原理の導入」が都教委を権力的に「来年4月からの制度導入」へと突き動かしている”そうです。石原都知事に限らず、学校にも競争原理を、と訴える人はいます。その背景に、問題行動を起こす先生やそれに対する保護者の不満があるのも事実だと思います。しかし、そのような問題解決には、他の方法も考えられるわけで、十分に議論もされないうちに、多くの問題を抱えた考課制度を急いで導入するのは、厳しい批判を受けて当然かもしれません。

 に人事考課制度に関するサイトとしては、墨田区教職員組合の「人事考課制度批判」が、かなり詳細で、98年の教育長の私的研究会の発足から、99年12月の「人事考課規則」決定までの経緯が報告されています。ここには研究会のメンバーの名前まで載っています。

 職員の給与に能力給を取り入れるというのは何かおかしいゾ、という小さな疑問から始まって、以上のサイトに目を通したのですが、読後は、人事考課制度の4月からの導入には反対、というところに気持ちが固まってきました。 もちろんこのページで取り上げて考えてみたのは、この制度が抱える問題のほんの一部です。また、他の見方もいろいろあると思います。
皆様の反対意見、賛成意見など、メールでお聞かせください。


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