[Web Travelers]
[写真] 宮内泰介
親子音楽会なるものに出かけていった。小さい子供とその母親たちで熱気むんむんだったが、私を含め父親もちらほらいた。子供と音楽会を楽しんでいるうちに、すっかりパパ・モードになってしまった。こういうのをみんなすんなり受け入れてパパになっているのだろうか? あるいは結構違和感を持ちつつパパを演じているのだろうか?


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森にかかわるということ

界的に有名な熱帯林保護団体熱帯雨林アクション・ネットワークがいちばん最近出した「action alert」(緊急行動要請)は、「世界で三番目に大きな熱帯林の宝庫パプアニューギニアが危機にある」というものだ。1998年末、パプアニューギニア政府は熱帯林の丸太輸出にかけている輸出税を33%から一気に5%以下にした。このおかげで、一時低迷していた丸太輸出が再び劇的に伸び、パプアニューギニアの熱帯林はますます危機に陥っているというのである。パプアニューギニアからの熱帯材のほとんどは日本向けである。
外国の人を日本に連れてきて飛行機で日本列島の上を飛ぶとびっくりするという。「日本には豊かな森が残っている」、と。「なぜこんなに豊かな森が残っているのに外国の木を切って輸入しなければならないのか」。「森を守ろう」という世間一般の声は、なんだか森が少なくなっている印象を与える。しかし、N.W.森林(もり)いきいきによると、日本の森の面積も森林の蓄積量も、以前にくらべて増えている(もっとも天然林の面積は若干減っているが)。
たしかに、「N.W. 森林(もり)いきいき」のページが言うように、「これだけ豊かな時刻の森林資源を有効に育成、活用せずに、世界の他の地域の森林を大量に消費するのは不自然、不健康な状態といえる」。 では、日本の森をどんどん切ればいいのか? あるいは、そのまま放っておくべきか?
 そもそも誰がそのことを決めるべきなのか? 森づくりフォーラムの提言「新たなる森林政策を求めて」が言うように、「農山村の人々を主体とした伝統的な森林の管理と利用の体系が崩れるなかで、これからの森林のあり方をめぐる合意が形成されていない」。「今日とは、新たな森林利用と管理の方法をつくりだす必要性に迫られている時代である。国有林、公有林、私有林を問わず、新しい森林と人間の関係がつくりだされなければならない」。
この「森づくりフォーラム」は森林ボランティアの人たちが中心になっている。これまでの林業の担い手たちとは違う、新しい担い手たちだ。
森林ボランティア・グループのページは現在日本全国にたくさんある。たとえば静岡県の里山仕事・しょんた塾は、「価値ある里山景観の復元、環境保全のボランティア活動を行う」グループだ。その志をこう書いている。

「わざ」が、座学やいちにちふつかの「体験」ではとうてい習得のかなわぬものであることは、体験した人にしか、わかりません。だからといって「修業」をつむ、と言うほど大げさなものでもないことがミソでしょうか。数千年、数百年のいとなみを身につけなおす。つづく世代に、私たちの世代がミッシングリンクになることを拒否する。なによりかにより自ら愉しむ。そんな、場、をつくりりたいと考えています。    

林ボランティアたちの活動は、これまでの産業一辺倒の林業でもなく、「木を切らない」という「自然保護」でもない、新しい可能性をもったものだ。しかし、彼/彼女ら自身も、自分たちだけで日本の森をどうにかできるとは思っていない。再び「森づくりフォーラム」の提言から−−

森林ボランティアが行える作業は、日本の自然条件のもとでは、ごくわずかな森林であるという限界をもっている。したがって、プロフェッショナルな森林作業をすすめる人々を、維持し守っていくことがどうしても必要になる。生業としての林業を追いつめながら、市民の手で森を守ることなど到底不可能であり、市民参加の森づくりは、むしろ逆に、林業をとおして森林を守っている山村の人々の営みを守り、山村の林業家たちとの連帯をめざしながら実現されていかなければならないだろう。    

    かしそのプロフェッショナルに森を守る人々の数は減りつづけているのが現状だ。再び「N.W. 森林(もり)いきいき」のページによると、昭和35年に44万人いた林業就労者は、平成7年にはわずか8万人、しかもそのうち50歳以上の高齢者が70%以上も占めるという深刻な事態を迎えている。もっとも、新規高卒者の林業就業者は平成4年以降上向きに転じており、また、他の職業からの転職組も少数ながら存在している。「日本の森」には、そうした転職組の体験談がいくつも載っている。三重県宮川町で林業に従事しているSさんは、大阪でコンピュータ関連の仕事をしていたが、平成8年に転職。「体はきついですけど精神的には楽だと思うんですよ。サラリーマンのように1日机に座って時間に追われて、いろいろ悩まんでもいいし。暗くなったら仕事は終わりだし」。しかし、同時に体のきつさは並ではないという。「体験林業とかでちょっと下草刈りとかしたことがある人もおると思いますけど、あんなもんじゃないんです。あのきつさは実際やってみんとわからない」
北海道下川町は、町ぐるみで、都市民と山村との交流に力を入れている(フォレスト・コミュニケーション・イン・しもかわのページ)。「21世紀を目前にして、森林社会の存続が確保されるためには、『経済と環境の調和』は重要な課題です。森林づくりも木材生産優先から総合的な生態系管理が必要になって来ました。そのためには、都市市民と山村住民の交流やそれを通じた森林・林業への理解が不可欠です」。
別の形で森と市民をつなぐ試みもある。東京の木で家を造る会は、林業家、製材所、工務店、建築家、ユーザーが「お互いに顔の見える関係」の中で東京多摩川流域の木を使って家を作り、そのことによって、「多摩川流域の森林や林業に関心をもってもらい、荒れている東京の山に元気を取り戻し、さらには、日本の伝統的な木の家をつくる職人さんの技術も伝えていきたい」という試みである。
都市民と森、都市民と山村を結ぶというのは、考えるほど簡単ではない、と考える専門家も多い。それでも下川町や「東京の木で家を造る会」のような試みが何を生み出すか、楽しみでもある。

宮内さんの連載は今回が最終回となります


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